自分の存在によって人に良い影響を与えたい!
「良い人生だった」と言って終われる社会を。

【共同創業の選択特集】第一弾は、イキイキと自分らしく生きる高齢者を増やすため、「おばあちゃんの原宿」巣鴨にてお休み処を経営する「株式会社よかクリエイト」の柿沼さん。人が決めたレールではなく、自分で選択する人生を歩んできた中で見つけた、自分が一番喜びを感じる瞬間とは。

柿沼 勇歩

かきぬま ゆうほ|イキイキとした高齢者を増やす
株式会社よかクリエイト共同創業者。巣鴨にて「お休み処 かもてなし」を運営する。

自分の人生は自分が決めるもの


私は東京の大田区で生まれ育ちました。小さい頃からポジティブな性格で、「どんなことがあっても、将来は必ず幸せになれる」と信じていました。

馬鹿みたいな話ですが、生まれた日が祝日なのも「自分の誕生日だから休みなんだ」と子供の頃は本気で思っていましたし、手相が良いみたいで「この手相ならあなたは将来必ず成功する」と周りから言われていたこともあり、自分は特別で、必ず幸せになると思っていたんです。

また、努力した分だけ結果が明確に出る勉強が好きでした。そして小学校3年生から塾に通い始め、中学受験を経て慶應義塾大学の付属校に進学しました。

ただ、小学生の頃は心底自由に生きていたのですが、中学に入ってからはいつしか人目を気にするようになりました。学内で暗黙的に「良しとされるもの」が規定されている雰囲気を感じ、そこから外れることはしないようにと思っていたんです。

高校も同じように過ごし、内部進学で大学に行くことは決まっていましたが、その先のことはあまり考えていませんでした。地元では既に働いている友達が多く、やることが決まっている彼らが羨ましいと思うこともありました。

そんな中、ある友達に言われた「将来が決まってないから大学に行くんでしょ?」という言葉がキッカケで、大学では自分の道をしっかり見つけないといけないと思うようになったんです。

そんな漠然とした思いを抱えていた高校3年生の1月に、『GO』という映画を見ました。その映画は、在日韓国人の主人公が、日本人からも韓国人からも外者扱いされながらも、自分は何者かを探していく話でした。

物語の終盤、それまで自己のアイデンティティーに揺らいでいた主人公が「俺は俺なんだよ!」と吹っ切れて叫ぶシーンがあり、心のどこかで人目を気にしていた私は、強く心を動かされたんです。

自分が求めていた生き方は、人目を気にするのではなく、自分の心に素直に、主体的に人生を選ぶ生き方だったんだと。

自信をつけるために経験と実績を積む


そして、映画に出てきた「広い世界を見ろ。そして、自分で決めろ。」という台詞を受け、1週間後にはチケットを買い、オーストラリアに一人旅に出ることにしました。

オーストラリアの空港に着いた瞬間、血液が沸騰するような興奮がありました。日本にいたら「明日何をしているか」がある程度想像できてしまいますが、未知の世界で明日何をしているか分からない自分を想像するだけでワクワクしたんです。

現地では知らない人ととにかく話しました。日本で出会った人とは全く違う価値観・背景を持つ人たちばかりで、そんな人ともコミュニケーションを取れることが面白かったですね。そこで、それまでは苦手だった英語を勉強しようと決めました。

旅は3週間ほどで終え、大学では、将来の道を考えるとともに、自分の人生を主体的に選んでいくための「自信」をつけようと考えていました。そして、ある本で「自信は”経験”と”実績”によって培われる」と書かれていて納得感があったので、その2つを得るためにひたすら行動していこうと。

そのため、コンサルティング企業で長期インターンをしたり、ひたすら英語を勉強したり、バックパックで海外を旅したり、日本国内をヒッチハイクしたりと様々な経験を積んでいきました。ただ、経験と実績はどちらも無ければ意味ないと感じていたので、そのバランスには気をつけていました。

例えば、普段の定期テストでも、友達から借りたノートで実績を出しても経験は得られませんし、自分のノートで勉強しても実績がなければ意味がないので、「自分のノートで勉強して必ず実績を出す」と考えていました。

「何をするべきか」よりも「どうあるべきか」の選択


その中でも、自信が確信に変わったのは、1年間のアメリカ留学でした。英語が苦手だった自分がアメリカの大学で成績上位者になれたら自信に繋がると思い、最初から実績を出そうと考えていました。

しかし、授業はグループで進めることが多いのですが、英語をうまく喋れない自分は全く相手にされず、最初はとても悔しい思いをしました。

ただ、諦めようとは全く思いませんでした。授業の予復習の徹底はもちろん、頭の中でも日々英語で物事を考えるようにし、英語の夢を見るために寝る1時間前はBBCラジオのシャドウイングをする生活を続けました。

ただ、経験を疎かにしてもダメだと思っていたので、誘われた遊びやパーティーには必ず参加するようにして、大学内で一番知り合いが多いと言われるほどでした。

そして、1年を終えると、なんと学内の年間成績優秀者に選ばれることができたんです。それまでの漠然とした自信が「確信」に変わった瞬間でした。嬉しいという感覚はあるのですが、それよりも過去の自分が想像した「未来のイメージ」をより良いものに塗り替えているような不思議な感覚でしたね。

また、アメリカ生活中、友達の家に遊びに行った時に、無職の父親を紹介されることがありました。無職ということで少し驚いたのですが、友達はそんなの関係ないと誇らしげに、「家族皆で一緒にいるのが幸せなこと」と話すんです。その姿を見て、私自身も、社会が作った価値基準に従うのではなく、自分の意志で道を選んでいこうと強く思いましたね。

その後、帰国してからの就職活動では、コンサルティング業界、ベンチャー企業、外資系の金融業界を中心に見ていました。

仕事内容はコンサルティングに一番興味を持っていました。昔、父親の勤める会社の業績が悪い時に家庭の雰囲気がかなり悪くなったことがあり、コンサルティング企業は会社を助けることで、間接的に人の家庭を幸せにできると思っていたんです。

ただ、内定をもらっていたコンサルティング企業では、「自分が将来なりたい像」にはなれないのではないかと、直感的に感じてしまったんです。この時、自分は「何をするか」よりも「どうありたいか」を大切にしたいんだと気づきました。

そして、その時の自分が理想としていたあり方、「イキイキと働く」「誰にでもフェアに接する」「周りから常に吸収しようとする」を体現する人が一番多いと感じたベンチャー企業に就職を決めたんです。

「最初」か「最期」に携わる事業をしたい


入社してからは、営業、マーケティング、新卒採用・研修、新規サービスのブランド戦略立案など、様々な仕事に携わらせてもらいました。上司にも恵まれ、基本のビジネススキルはもちろん、様々な視点から物事を本質的に捉える思考法や、相手の気持ちを推し量った上での適切なコミュニケーション、効果的なプロジェクトマネジメントなど、たくさんのことを学べました。

転機は入社2年目に起きました。会社の仕事とは別に、社会人向けに有名な経営者の講演会を企画する機会があったんです。自分たちでゼロから企画してお金をもらう経験は初めてに近く、その行為自体がとても面白いと感じましたね。

講演会当日、私は会場の一番後ろの席から全体を見渡せる位置に座っていました。すると、講師が熱を持って喋り始めた時、参加者の中で間違いなく「何か」が変わった瞬間を感じることができたんです。この時、「自分が存在したからこそ誰かの人生に影響を与えられる瞬間」が、自分にとって何よりも喜びであると気づいたんです。

勤めていた会社の事業は法人向けだったのですが、自分は「人」に対して直接プラスの価値を提供したいんだとも気づきました。クライアント企業に貢献することより、人に直接良い影響を与えられるほうが自分はワクワクしたんです。

また、どんなに影響が小さくとも「自分にしかできないことをしたい」とも思いました。どんなに優秀な人が辞めても会社が回っている姿を見て、自分がいなくてもきっと何も変わらないだろうなと思ったんです。そして、どうせなら、自分でないとできないことをしてみたいと。

そこで、より自分の存在意義が大きく、かつ直接人に影響を与えられることがしたいと考えるようになり、独立を意識するようになっていきました。

人に一番影響を与えられるのは、人生の「最初か最期」だと考えていました。「最初」とは初めてキャリアを選択する時。流れでキャリアを選ぶのではなく、自分の心に素直になって主体的に選択する人を増やしたいと考えていました。また、「最期」は人生を終える瞬間、「良い人生だった」と思える人を増やしたいと。

そして、同期で入社した元同僚が、「イキイキとした高齢者を増やしたい」と志していたこともあり、2人で「最期」のための事業に取り組むことに決めたんです。

高齢者と直接接点を持つ場所を


そして、2015年2月、3年4ヶ月働いた会社を辞めて、株式会社よかクリエイトを共同創業しました。「最期まで咲き誇る人生を」とミッションを掲げ、そのための事業を展開していこうと。

高齢者がイキイキと暮らすためには、「繋がり」が重要なキーワードだと考えています。仕事人間だった私の父が会社を辞めていた時期、友達と付き合うわけでもなく家にいることが多く、どことなく元気がなさそうに見えました。同じように、仕事を定年退職した後など、社会との繋がりを感じらない人はたくさんいると思うんです。

そこで、インターネットを使うことで、交友関係を広げて新たな繋がりを生めるのでは考えています。逆に、世の中でインターネットを介したコミュニケーションが増える中、スマホ・タブレット等を使えないが故に取り残されてしまう人を少しでも減らしたいとも考えています。

また、インターネットを使えば様々な情報に触れることができるので、趣味等を探す時にも、選択の幅を広げることもできると考えています。

ただ、WEBサービスを始めたり、スマホ・タブレット教室を開いたりするにしても、その存在を高齢者に知ってもらう必要があります。孫や息子と接点を持って、そこから高齢者にアプローチする方法もありますが、それではやや遠いと考え、すべての起点を作るために、高齢者と接することができるリアルな場所を持つことにしたんです。

そうして開いたのが、「お休み処 かもてなし」です。「おばあちゃんの原宿」である巣鴨で、高齢者のオアシスのような場所を目指し、鴨肉100%をつかった中華まん「すがもんのおしりまん」や「毎日健康スムージー」などを販売しています。この場を起点に、イキイキと暮らせる高齢者を増やすための事業をたくさん展開していきたいと考えています。

今後は高齢者街コンやスマホ・タブレット教室など、様々な事業を展開していきたいです。そして、自分が存在したおかげで生活が変わったと言ってくれる人がたくさんいてくれたら嬉しいですね。

共同創業者、木村さんのanother life.はこちら

2015.05.27

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