料理で幸せになる人を増やしたい。公務員から、料理を教える道へ。
香川県を拠点に、家庭料理の基礎を教える料理教室「結びとまんぷくご飯」を開いている辻さん。人間関係のストレスから過食に走った過去を経て、料理で自分の未来を変えられると気づいたそうです。辻さんが体感した料理の力とは?お話を伺いました。
辻 彩
つじ あや|料理教室“結びとまんぷくご飯”代表
新卒で香川県庁に入社。在職中に友人たちを対象に料理教室を始める。2つの仕事の両立に限界を感じ、県庁を退職。退職後は香川県高松市にて、料理教室「結びとまんぷくご飯」を主宰。「料理の基本」「体に優しいごはんとおやつ」をメインにレッスンを行っている。月替わりの講座のほか、座学と実践で料理を基礎から学べる「花嫁おうちごはん」が人気。オンラインレッスンや動画配信、弁当販売など、活動の場を広げている。
努力で強くなれるバドミントンに熱中
香川県高松市で生まれました。性格は人見知りで、4つ上の姉の後ろにいつも隠れているような子どもでした。でも、一度仲良くなってしまえば、喋るのは大好き。小学校の授業中に喋り過ぎて、先生に注意されたりもしました。
父が居酒屋兼しゃぶしゃぶ屋を営んでいたこともあり、食べることがすごく好きでしたね。母は銀行員として働いていて忙しく、父は夜働いて朝に寝る生活で、幼少期は祖母の料理をよく食べていました。出てくるのは、きちんと出汁を取った味噌汁や煮物など、昔ながらの家庭料理。どれも丁寧に作られていて、料理本来の美味しさを知れました。ファストフードや添加物の入ったものは一切与えられず、手間暇かけた美味しいものをたくさん食べさせてもらっていましたね。
小学校3年生のときに、学校のバドミントン部に入りました。相手に勝つためにひたすら努力するのが楽しくて、バドミントンに夢中になりました。より良い環境で続けるために、中学、高校と受験して希望の学校へ。バドミントン漬けの日々を送りました。
昨日できなかったことが今日できるようになり、一歩一歩上達していくのは快感でした。試合に勝つよりも、目標に向かってコツコツ努力を積み上げ、自分に力がつくのがうれしかったですね。
教員になってバドミントンの先生になれば、大好きなバドミントンをずっと続けられると思い、地元の国立大学へ進学しました。大学でもインカレへ2回出場し、バイト代は試合の遠征費につぎ込んで、バドミントン中心の生活を送りました。
食でストレスを発散する日々
教員になりたくて教育実習も受けましたが、人に教える難しさに直面しました。他人は自分が思うように動いてくれない。教える自信を無くしてしまったんです。バドミントンの先生はやめて、働きながら休日にバドミントンができればいいか、と考えるようになりました。
土日にしっかり休みが取れて、平日もある程度時間ができる仕事。そんな安直な理由で就職先を探し、県庁への就職を決めました。教員免許を持っていたこともあり、配属されたのは教育委員会でした。
右も左も分からない新卒一年目。同期はほとんどおらず、周りを見れば、自分より仕事ができる人ばかりです。周りから冗談で「何も知らんな」「どんくさいな」と言われたことを真に受け、自分は本当に何もできないやつだな、と落ち込みました。バドミントンにのめり込んでいた頃は、自分で日々実力をつけてきた実感があったので、その落差に打ちのめされましたね。できないのが恥ずかしくて、周囲に相談もできませんでした。
また、人間関係にも悩み、「人とうまくやっていく能力がないのかな」と自分を責めるようになりました。
長く働き続けるには、仕事ができるようになるだけでなく、同僚たちにも好かれなければいけません。好かれるにはどうしたらいいんだろうと考え、みんなにいい顔をしなければならないのは、すごくしんどかったです。
学生時代は、勉強もバドミントンも、自分さえ努力すれば何でもやり遂げられました。でも、これまで深く考えてこなかった人間関係の悩みに初めて直面し、自分が何をやっても、どうにもならないこともあるんだと気づかされましたね。
耐えて仕事を続けるか、やめるしかない。「明日から絶対行かん!」と、泣きながら帰る日もありました。
幸せを感じられるのは、食べている瞬間だけです。夕食後に、コンビニで買ったシュークリームを食べ、その後にラーメンを作って食べ、甘いものと辛いものを、深夜まで繰り返し食べ続ける日々。もともと食べるのは好きなので、食はストレスのはけ口になりました。
夜更かしするので、朝起きるのが辛く、何とか起き上がれば、また地獄のような一日が待っている。そんな生活が続きました。体重は増加し、肌は荒れ、「また食べてしまった…」と自己嫌悪に苛まれる毎日でした。
少しでも負担を軽くしようと、通勤時間を短くするために一人暮らしを始めたのは、そんなときでした。全くやったことがなかった料理のも挑戦するようになりましたが、自分の作ったものが美味しくないので、トマトを生でかじったり、外で買ってきたもので済ませたりしていましたね。
料理をする時間に救われた
社会人一年目が終わる頃、徐々に仕事に慣れてきたこともあり、早く帰る余裕も出てきました。
時間に余裕ができると、自分の人生を見つめ直す機会も増えました。周りの顔色を窺い、他人と比べてばかりで自分を好きになれなかった。このままで人生終わるのは嫌だ、と思ったんです。
何か勉強でもしようかと、軽い気持ちで料理を始めることにしました。食や料理に関する本を読み漁る中で、「食で心と身体を整える」と謳った本と出合いました。本に書かれたことを実践していくと、本当に心も身体もどんどん変化していきましたね。
まず肌荒れが改善し、体重が減りました。夜遅くに食べないという当たり前の習慣が身に付き、朝もきちんと起きられるようになったんです。自分が苦労して作ったものを食べることで、栄養をしっかり取れるのはもちろん、食へのありがたさを感じられるようにもなりました。食事をちゃんと味わえるようになり、その結果、暴飲暴食もしなくなりました。
体調が戻ると、メンタルも次第に安定していきました。どん底の状態から、料理を楽しむ余裕が出てきたんです。一口コンロの狭いキッチンに立ち、とりあえず買い集めた調味料と、冷蔵庫にある材料を使って、何とか美味しいものを作るぞと、無心になって料理に向かう時間は、とても楽しかったですね。その時間が、自分を救ってくれました。
食べるため、作業として料理をするのではなく、料理している時間そのものを楽しめるようになり、「今日はこんなことができた」という達成感が自信にもなりました。「明日はこれをやってみよう」と、未来にも目線が向くようになって、人生がだんだん明るくなり始めました。料理が、暗かった人生を照らしてくれたです。
人間関係の悩みに直面し、自分の力ではどうにもならないと悩んでいましたが、料理があれば、他人に左右されずに、自分の力で未来を変えられることにも気づきました。今身体のためを思って作る料理は、数カ月後、数年後の自分の未来につながっています。自分の力で未来を変えられるという気づきは、未来への大きな希望となり、自分の力で一歩ずつ歩んでいこうという自信を与えてくれました。
好きなものを仕事にしていいんだ
影響を受けた本の著者が、大阪で料理教室を開いているのを知り、どうしても会いたくて、香川から大阪まで参加しに行きました。外部の先生に学ぶ、初めての料理教室です。
教室では、先生達がとても楽しそうに働いている姿に衝撃を受けました。それまで私は、我慢しながら頑張って続けるのが仕事だと思い込んでいたのです。好きなものを仕事にしている人達は、キラキラと輝いて見えました。そんな生き方があるなら、私もそうやって生きていきたい!そう感じた瞬間でした。
はるばる大阪まで会いに行った先生からは、食に対する想いなど、たくさんのことを学びました。でも、その先生が重きを置いていたのは、自分自身のために作る料理。その頃私は、結婚したばかりだったこともあり、「誰かのために作る料理」を大切にしたいという想いがありました。だから、先生に弟子入りはせず、自分の道を歩むことにしたのです。
いつか料理教室をやってみたいと周囲に話していたら、友人から教えてくれないかと声が掛かりました。そこから知人が集まり、3人の生徒に向けて半年間、週末の料理教室を開催することになりました。
SNSで料理教室の様子をアップすると、「私も行きたい!」という人が現れ、少しずつ参加者が増えていきました。県庁の仕事もそれなりに楽しいと感じられるようになっていたので、平日は県庁の仕事、週末は料理教室を開く生活が、楽しかったですね。
でも、「好きを仕事にしたい」「もっといろいろな人に料理の楽しさを広めたい」と考えたとき、2つの仕事を両立していくのに限界を感じ、県庁を退職しました。
料理を通じて幸せになる人を増やす
今は、香川県で「結びとまんぷくご飯」という料理教室を開いています。少人数制で「料理の基本」と「体に優しいごはんとおやつ」が学べる教室です。特に人気なのが「花嫁おうちごはん」講座。半分が座学で、料理の基礎と同時に、なぜ料理が大事なのか、をお伝えしています。
「花嫁おうちごはん」に参加する方は、料理に苦手意識を持つ方が多いです。誰かのために料理をしたいけど、自信がない。そういう方達の苦手意識を少しでも無くせたらと思っています。
教室で大切にしているのは、まず料理を楽しいと感じてもらうこと。料理はやればやるほど、誰でも絶対に上手になれるものです。スポーツと違って、運動神経など特別な力もいりません。ただ、上達するには継続が必要なので、そのためのモチベーションづくりに力を入れていますね。
今後は、「花嫁おうちごはん」を通信講座にするなど、香川県だけでなく全国に向けて、料理の楽しさを発信していきたいです。
自分の作った料理で誰かが喜んでくれたら、自分のためだけに料理するよりも、何倍もうれしい気持ちになれると思います。大切な人が風邪を引かなくなったり、身近な人に「美味しい」と言ってもらえたりする喜びを、ぜひ感じて欲しいですね。
過去の私は、いつも昔を振り返ったり、人と比べたりして落ち込んでいました。でも料理と出会ったことで自信がつき、未来へ一歩踏み出す勇気が湧きました。私のように、料理を通じて幸せになれる人を、もっともっと増やしていきたいですね。
2020.06.18