SOSを無理なく漏らせる社会へ。日常に近いメンタルケアで「誰かを支える人」も支えたい。

メンタルクリニックのリワークセンターで看護師として働きながら、誰もが気軽に気持ちを吐き出せる場所「大人のメンタル保健室」の準備をしている佐藤さん。日常生活のすぐ近くにある、一時的なメンタルダウンから立ち直るための場所づくりを目指しています。治療でもカウンセリングでもない、佐藤さんが目指すサポートのあり方とは。お話を伺いました。

佐藤 智花

さとう ちか|ゆうメンタルクリニック リワークセンター
1985年東京都生まれ。2008年、聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)看護学部卒業後、聖路加国際病院へ看護師として勤務。働きながら人間総合科学大学人間科学部で養護教諭になるために再勉強。2013年から学校法人自由学園、2017年からイギリスにある立教英国学院へ養護教諭として務める。2022年より、ゆうメンタルクリニックリワークセンターにて看護師として勤務するかたわら、誰かを支える人を支える「大人のメンタル保健室」の立ち上げ準備を行う。

誰かを支えている人のことは、誰が支えるのだろう


東京都江東区に生まれました。細かなきっかけは覚えていないのですが、3歳のとき、看護師になりたい、と思うようになりました。たぶん、何かのきっかけで看護師のことを知って、自分も誰かを支える仕事がしたいと憧れるようになったのだと思います。その気持ちは中学生になっても変わらず、両親や学校の先生にも、将来は看護師になると言っていました。

中学3年生のとき、私の夢を知っていた担任の先生から摂食障害の同級生をサポートするように頼まれました。その同級生は食べ方の変化も体型の変化も大きく、情緒的にも不安定でした。サポートといっても特別なことをしたわけではなく、休んでいる間のプリントを整理したり、なるべく話し相手になったり、その程度のこと。中高一貫校だったので、高校生になってもサポートは続きました。

実は、私の他にもう一人サポートを頼まれた生徒がいましたが、彼女はメンタル的にしんどくなってしまったようで、高校2年生からは違うクラスに変わりました。そんな状況を見て、誰かを支えている人のことは誰が支えるのだろう、と疑問を持ったのです。

摂食障害の同級生も、そのサポートをしていた同級生も、誰も悪くないのに苦しむ人が生まれるのはおかしい。誰かを支えている人にも、支える人が必要なのではと漠然と思うようになりました。

結局、私と摂食障害の同級生と、担任の先生は高校卒業までずっと同じクラスでした。進路相談の時間になると先生から「看護師もいいけど、養護教諭も向いているかもしれないね」と言われました。養護教諭とはいわゆる保健室の先生です。

同級生をサポートしてきた私の姿を見て、学校の中で困っている生徒をサポートする仕事は私に向いていると思ったのかもしれません。なるほど、学校の看護師さんみたいな仕事もあるんだ、そっちの道もありだなと考えるようになりました。

ただ、3歳から決めていた看護師という目標は大事にしたかったので、まずは一度看護師になって、それからまだ興味があれば、養護教諭を目指そうと思いました。その方が医学的な専門スキルや経験を身に着けられるので、養護教諭としても他の人にはできない価値が提供できるという気持ちもありましたね。

自分がやりたかったのは、メンタルケアかもしれない


高校卒業後は看護大学に進学。大学卒業後は病院に勤め、看護師としての経験を積みました。

若手でもいろいろなことを任せてくれる職場で、3年ほど働くと一通りの業務経験が積めました。まだまだ専門的なスキルを身につける余地はありましたが、ここで一区切りだと感じ、養護教諭の勉強を始めることにしました。養護教諭になったあとで、もしまた看護師に戻りたいと思えば、戻ればいいと思っていましたね。

看護師として働きながら通信制の大学で勉強し、実習が増えたタイミングで看護師をやめました。養護教諭に必要な免許は看護大学で取得済みでしたが、医療と教育の現場は違うので、学び直しが必要だと思って勉強をしていて、どうせ勉強するならと、元々持っていた免許よりもより専門性の高い養護教諭としての免許の取り直しをしましたね。

通信大学を卒業してからは養護教諭として日本の学校法人に4年間勤務し、その後は在外教育施設であるイギリスの学校に勤務しました。全寮制で小学生から高校生まで通っている学校で、休み時間になるといろんな生徒が保健室に来ました。

勤め始めてから3年ほど経ったころ、新型コロナウイルス感染症が流行し、学校の様子が大きく変わりました。とくに変わったのは学校としての優先順位で、学内のコロナ感染をコントロールすること、子どもたちを無事に家に帰すことが職員にとっての命題になりました。

感染の流行を防ぐため、あらゆる施設に利用制限を設けざるを得なくなり、保健室のあり方も大きく変わりました。これまでは、誰でも気軽に保健室に寄れて「ちょっと先生聞いてー」と話をしに来る生徒も多かったです。

それが、緊急時以外の利用は控えるようにとアナウンスをし、利用する場合も必要な手順を踏んでもらう形になりました。新しいやり方に変わると、とくにメンタル面で、生徒を支えにくくなっていると感じました。今までのように時間・空間を共にすることが難しくなったことで、生徒が気軽に気持ちを吐き出せる場所がなくなってしまい、不調になる前のケアがしにくくなってしまったのです。

そんな状況に悔しさを感じて、そこで初めて、私自身が一番やりたかったことはメンタルケアだったのだと気がつきました。

大人にだって保健室が必要だ


コロナの流行がある程度落ち着いた段階で、メンタルケアに関わる仕事を始めるため日本へ帰国しました。それまでがハードな働き方だったので、充電期間にしたいという気持ちもありましたね。

心と体を休めながら次に何をしようか考えるため、自分自身と向き合う時間をつくることに。過去の経験を振り返って書き出したり、ワークショップに参加したりしながら、これから何をやるのか想像を膨らませました。

保健室のような場所で、誰でも気軽に訪れて、ちょっと泣いたり、怒ったり、愚痴を言ったりして、誰かに共感してもらう。それで気持ちを落ち着けて、教室に戻っていくような場所をつくりたい。考えてみると、そんな場所を求めているのは子どもだけではないかもしれないと思いました。

似たような場所としてメンタルクリニックやカウンセリングがありますが、とくに日本人にとっては敷居の高い場所になっている気がします。精神的に弱い人間だと見られるのを恐れて、通うことも、通っていることを言うこともできない人が多いです。それなら、もっと気軽に行けて、専門的な治療を受けなくても、気持ちが軽くなる場所があれば、利用してくれる人は多いかもしれない。

そんなことを考えながら仕事を探していると、休職等の状態から職場に復帰するためのメンタルサポートをするリワークセンターの存在を知りました。治療ではなく、一時的にメンタルダウンをしてしまった人のサポートができるところが、自分のやりたいことに近いと思って就職を決めました。

メンタルSOSを無理なく漏らせる社会を目指して


現在は、ゆうメンタルクリニックの中にあるリワークセンターで看護師として勤務しています。

リワークセンターを利用する方々は何らかの理由で一時的にメンタルダウンしてしまった人たちで、適応障害、うつ病、双極性障害といった方々もいます。私の仕事は、そんな方々と向き合って、抱えている心理的な症状を和らげながら、復職に向けて必要なことを一緒に考えていくことです。

完璧主義で妥協ができずに疲れてしまった、頼まれたことを断れなくて抱え込みすぎてしまう、といった人によって違う生きづらさの心理的要因を解きほぐし、各人が自分の特性と向き合うお手伝いをします。提案する対処法は人によってバラバラで、本を読んで勉強をしてもらうこともありますし、自分自身でセルフケアの方法などについて考えてもらうこともあります。

また、リワークセンターの中で講座を開いて、セルフケアのあり方やコミュニケーションの悩みを解決する方法など、心理学・生理学的な見地からの考え方をお伝えもしています。

リワークセンターに勤務するかたわら、大人のメンタル保健室を始めるための準備もおこなっています。詳細はまだ構想中ですが、専門的なカウンセリングサービスではなく、相手の話を聴かせていただき、共感したり、対話をしたり。それによって、またちょっと頑張ってみようかな、と思ってもらえるような、本当に子どもにとっての保健室のような場所を提供できればと思っています。

また、大人のメンタル保健室では、誰かを支えることと自分のメンタルを守ることの折り合いをつけるための考え方もお伝えしたいと思っています。

距離感を間違えないことは、自分を守るためにも必要ですが、支えたい相手にとっても大事なことです。看護の領域では、相手に共感をしすぎて冷静な判断ができなくなってしまうことを巻き込まれ状態と呼びます。そうなると、対応が自己満足なものになってしまって、プロフェッショナルな看護が提供できなくなるのです。

相手に共感し寄り添いながらも、一歩引いて客観的に見ている冷静な自分を持つ、そんなバランス感覚をお伝えできれば、支える人も支えられる人も、もっと生きやすくなると思っています。日常のいたるところで起こりうるちょっとしたメンタルの負担を、大人のメンタル保健室でケアできればと思っています。

全ての人が自分や他者のメンタルSOSを無理なく漏らせる社会づくりに貢献したいです。

2023.04.20

インタビュー・ライティング | 種石 光
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