小さい頃から、漠然と人の役に立ちたいという気持ちがありました。
親の教育や、姉が終身介護の仕事に携わっていたことも影響していた気がします。

高校生になってからは、誰かの悩みを聞いて解決するような職業がしたい、
という思いから心理カウンセラーになろうと思ったのですが、
周りからメシを食べていけないという話を聞き、色々調べた結果、
作業療法士という職業に就きたいと考えるようになったんです。   

姉の紹介で実際に色々な施設を回り、より関心は強くなっていったのですが、
医療系で働く知人の母から、

「いきなり医療の世界に行くと、あなたの可能性が広がらないかもしれないよ。
 大学に行って可能性を広げてみて、それでもまだなりたければ目指してみたら?」

というアドバイスをいただいたんですよね。
自分自身、宮城県に生まれ育ち、東京を見てみたいという興味もありましたし、
世の中を知らない危機感もありました。

そこで、一度大学に進学しようと決め、指定校推薦で東京の私大に進学することにしたんです。
正直、勉強は苦手だったのですが、
定期試験は範囲を暗記すれば良かったので、内申点は良かったんですよね。

中でも、特に苦手な英語は偏差値が39というレベルで、
手応えのよかった穴埋め問題型の模擬試験の結果が4点という有様でした。(笑)

その後、高校を卒業してからは、大学生活が楽しみで仕方なかったですね。
高校が男子校だったこともあり、大学生は毎日合コンと聞いており(笑)、
入学当初の新歓コンパは全部で20回くらい参加した気がします。

ところが、色々な新歓コンパに行き過ぎた結果、
どのサークルにも居場所がなくなってしまったんですよね。
また、期待していた授業がすごくつまらなく、最初のGWになる頃には、
大学へのモチベーションが、がっくんと落ちてしまいました。

それからは腐りかけの生活でしたね。
適当な時間に学校に行き、授業は寝て過ごし、サークルに行っても微妙で、
夜は友達と遊ぶか、家でTVをみるかという日々でした。

しかし、そんな生活を1・2週間続けた頃、
ふと、自分は親不孝のバカ息子だな、と思ったんです。

家がそこまで裕福でない中、私立の大学に行かせてもらっているのに、
このまま遊んでばかりいないで、自分のやりたいことを探さなければ、と思ったんですよね。

そこで、何か行動を起こそうと、大学生が運営する地域の花屋とカフェ・バーが合わさった店舗で働くことにしました。