多くの人を喜ばせたい!
マジック×カメラで生み出す最高のサプライズ。

マジシャン・カメラマンの大城さん。18歳でライブハウスのベーシストになりましたが、プロの世界は想像以上に過酷でした。死まで考えたという大城さんが、マジシャン・カメラマンになるまでにはどんな思いや出来事があったのでしょうか。お話を伺いました。

大城 士武

おおしろ しのぶ|マジシャン・カメラマン
Art8株式会社 代表取締役。プロカメラマンとして活動するほか、プロマジシャンとして都内の店舗でマジックをしており、大手自動車メーカーのCMでも腕前を披露している。さらに、アンティークの家具を揃えたレンタル撮影スタジオも経営。こだわり抜いたものごとで人を喜ばせることを目指している。

「人にできないことをやりなさい」


兵庫県姫路市で生まれ、5歳のとき神奈川県川崎市へ引っ越しました。引っ越した先が工業地帯だったためか、しばらくすると喘息になってしまい、学校に通えない日々が続きました。

たまに学校に行けても、極度の人見知りを発揮し、恥ずかしくて人前で声を出すことができませんでした。なるべく目立たず過ごしたいと思っていましたね。

学校に通えず、勉強も遅れがちだった私を見て、母がある日「あなたは人にできないことをやりなさい」と言ったんです。ポンと言われたその一言が、なぜだかすごくインパクトがあって。それ以来、「人がやらないことをやらなきゃ」と、いつもどこかで考えるようになりました。

ある日、テレビでマジックを見て、魔法使いみたいだと感動しました。周りでは誰もやっていなかったので、独学で練習を始めたんです。他にも、プラモデル好きな父の影響でものづくりをしたり、イラストを描いてみたりと、みんなが学校で学んでいる勉強以外のことを積極的に始めました。やってみると、面白くてどんどんのめり込みましたね。こだわりが強くて、何事もどうせやるなら極めたいと思っていました。

18歳でプロのベーシストに


17歳でベースを始め、1年ほど経った頃、父が生演奏の聴けるオールディーズライブハウスに連れて行ってくれました。50〜60年代のアメリカ音楽が流れる、アメリカ映画に出てくるバーのような店でした。

そこでバンドの演奏を聞いていると、なんとなく「自分にもできるんじゃないか?」と感じたんです。最初は、友達の家でギターを弾かせてもらいました。ギターは弦がたくさんあって難しそうでしたが、ベースは弦が4本。「ベースの方が簡単そうじゃん」と軽い気持ちで始めました。

ちょうどその頃、高熱が出てぐったりと寝込んでしまいました。体は動かないし、熱も下がらない。そんな状態が3日間も続くと気持ちも落ち込んでしまい、「もう死んじゃうんじゃないか」と弱気になりました。そのとき、たまたまロックバンドの音楽を聞いたんです。すごい感動して、なぜか体が少し楽になりました。そこから快方に向かったんです。理屈はわからないけれど「音楽の力ってすごいな」と心から思いました。そこからベースにのめり込んでいきましたね。

18歳になった頃、ライブハウスがプロのベーシストを募集していると知りオーディションを受けました。結果はなんと、まさかの合格。18歳で、音楽事務所に所属するプロのベーシストとして、父と行ったライブハウスで働けることになったんです。

死への恐怖がゼロになる


ライブハウスでは、演奏の他に小学生から練習していたマジックを披露するように。それまでずっと、人見知りで人前で声を出すことが苦手でしたが、マジックをするとなるとそうはいきません。これから何をするのか説明しなければならないですし、成功すると驚いたお客さんが話しかけてくることもあります。話さざるをえない状況になったことで、自然と会話のキャッチボールができるようになりました。

一方で、ベーシストとしての仕事は過酷でした。オールディーズ専門のライブハウスだったので、自分が知らない1950〜60年代のアメリカの曲を100曲以上覚えなければならなかったんです。お客さんからリクエストがあったら、すぐに演奏しなければいけません。辛かったですね。

さらに、ステージで見た華やかな雰囲気とは違い、裏ではみんな自分の技術や人間関係に悩んでいました。いろいろな辛さを押し殺しながらテンションをあげてステージに出るのが、どんどん苦しくなっていきました。

それでも、自分で決めた道です。やると言った責任を果たしたくてなんとか続けていたのですが、26歳のとき、とうとう限界を迎えました。今がこんなに辛いなら死んだほうがいい、死にたいと思うようになっていました。

それまで、「自殺する勇気があるなら生きていけるでしょ」と思っていましたが、全く違いました。今なら、自殺を選ぶ気持ちがわかる。死に対する恐怖がゼロになって、とにかく死にたいんです。車の前に飛び出したら死ねるかなとか、4階の自分の部屋から飛び降りたら死ねるかなとか、ずっと考えていました。

しかし、どこかに周囲の人に対する責任感も残っていました。責任感で、最後の一歩がなかなか踏み出せない。それを何度か繰り返していくうちに、少しずつ死への恐怖心が戻ってきました。状況は変わらず、大きなきっかけがあった訳ではありませんでしたが、時間が経つにつれ少しずつ、心身が回復していきました。

想像もしなかったカメラマンへの転身


そんなある日、親戚の結婚式がありました。式の後、親族で集まってるとき、おじさんが持っていた一眼レフが目にとまりました。「ちょっと貸して」とお願いして、試しにファインダーをのぞいてみたんです。パシャ。シャッターを切ったその瞬間、「うわあ」と衝撃が走りました。漫画みたいに自分の中に何かが入ってきた感覚があって、ものすごくワクワクしたんです。

カメラを買わなきゃ、と近くの電気屋さんに走り、パンフレットを集めて中古の一眼レフを購入しました。そこからもう、撮りまくりましたね。1日10時間以上写真に没頭し、撮り方や、でき栄えを研究しました。楽しくて仕方なかったです。

そして、日に日に写真を仕事にしたいという気持ちが強くなっていました。

写真の仕事として最初に思いついたのがブライダルカメラマンでした。ダメ元で、ブライダルカメラマンを募集している会社に自分の作品を送ってみました。すると、そこの社長さんが是非面接に来てくださいと言ってくださいました。とても気さくな社長さんで、すぐに仲良くなり、面接で3時間も話し込んでしまいました。

ブライダルカメラマンとして雇ってもらえることになり、それから2年ほど活動。その後、フリーのカメラマンになりました。撮影するようになってからしばらくは、「こっち向いてください」なんてプロのカメラマンらしいことを言っている自分が、不思議でしかたなかったですね。


ミュージシャンで、辛くて死にたいと思うところまでいった自分が、全く想像もしていなかったカメラマンをやっているんです。人生って、こんなに想像もしないことが起きるんです。初めて心の底から、人生って面白いと思いました。

人を喜ばせることが生きる意味


カメラマンとしての仕事が軌道に乗り始めたある日、胎内記憶のある子どもたちにインタビューしている動画を観ました。子どもたちは、生まれる前どこにいて、どんな風にお母さんのお腹に入ってきたのか、事細かに覚えていました。そして、「なんのために生まれてきたのか」という問いに対して、口を揃えて「人の役に立つため」と答えたのです。

それを聞いて、自分もそうだと確信しました。僕も死にたいと考えた時から、自分はなんのために生きているのか考えてきました。これまでやってきたミュージシャン、マジシャン、カメラマン。これらに共通するのは、「人を喜ばせたい」という気持ちでした。それが自分が生きている意味だと思ったんです。自分は人を喜ばせることで、人の役に立っていこう。思いを新たにしました。

人を喜ばせることを大事にして活動していると、これまで個人的に練習していたマジックも、徐々にお金をいただけるようになりました。芸能人御用達のバーやお店に声をかけてもらい、週に数日、マジシャンとしても働くことになったんです。

さらに、カメラマンとマジシャン両方やっているからこそ、できることがあるとわかってきました。例えばパーティーで集合写真を撮影する時、注目を集めてからマジックを披露するんです。その後にシャッターを切ると、みんなの驚いた生き生きとした表情が撮れます。そしてさらに一瞬後には、みんなが本当に良い笑顔になるんですよね。そういったサプライズを仕掛けて写真を撮れるのも、自分の強みだと思いました。さらに、写真を撮ってからそのままマジックのパフォーマンスに移ると、多くの方に喜んでいただけるんです。

その後、昔から憧れていたマジシャンの専属カメラマンをさせてもらうことになりました。世界に通用するマジシャンを、間近で自分が撮っている。夢みたいでしたね。

サプライズで最高の笑顔を届ける


いまは、カメラマン、マジシャンとして活動するほか、レンタル撮影スタジオも経営しています。インテリアも好きで、こだわりのアンティークの家具や小物を揃えて、非日常的な空間を作り出しています。撮影会などに活用いただいていますね。

マジックでも、カメラでも、スタジオでも、自分がこだわり抜いてやってきたことで、相手を喜ばせるのが好きなんです。それも、相手が予想もしていなかったようなサプライズをして喜んでもらいたいですね。相手がびっくりしたあと、笑顔になるのを見るのが何よりうれしいです。

今後は、自分のやってきたものの集大成として、テーマパークのような城を作りたいと思っています。きしむ扉を開けると甲冑が立っていて、大きなシャンデリアがある。中央にはバーカウンターがあり、その横にはステージ。生演奏やマジックなどを楽しめるんです。撮影を通して美容業界の方ともお知り合いになれたので、ネイルサロンやまつエクなどの美容サービスも提供したいと思っています。外装にも内装にもこだわって、まるで魔法使いの世界のような非日常的な空間にしたいです。いろいろな場所で撮影できるよう、撮影スポットも充実させたいですね。

「あなたは人にできないことをやりなさい」。母に言われた言葉をきっかけに、これまでやってきたいろいろなことが、今に繋がっていると感じています。好きだと思うことをやってみたら、人生には予想もできなかったことが起きる。それを実感したからこそ、これからもやりたいことに挑戦し続けていきたいと思います。

とにかく、自分がこだわり抜いたもので、より多くの人に喜んでほしいですね。普通に生活している中では味わえないような驚きや感動を、体験していただきたいです。

2019.11.28

インタビュー・編集 | 粟村 千愛
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