僕は神奈川県川崎市に生まれました。小さい頃からどこか「賢い」ことへの憧れがあり、
小学生の時に通っていたスイミングスクールで、周りが中学受験のために学習塾に通っている話を聞いてからは、「どうやら頭がいい奴が行くところがあるらしい」と思い、自ら塾に通い始めました。

正直、塾での勉強は辛かったですが、自分とやると言った手前辞められず、最終的には聖光学院という横浜にある私立の進学校に入学しました。

中学生になってからは、自分の力を何に注ごうか悩む日々が続きました。学校のカラーとしては、ある種のエリート思考や、均一な価値観が強い雰囲気だったのですが、個人的には様々な人の考え方に触れようと本を読んだり、好きだった音楽を聴いたりすることが好きだったんです。

すると、ある時から、学校や親が語るような社会のレールに乗ることを当然だと思えなくなってしまったんですよね。村上龍の本で触れた考え方や、好きだったRadiohead(レディオヘッド)というUKのロックバンドが投げかける既存社会の価値観への疑問にも影響を受けていました。

そんな状況が続くと、次第に勉強が手に着かなくなっていき、自分にとっての救いは音楽だけになっていきました。その分、歌詞の内容をもっと知りたいと思い、英語だけは成績が良かったですね。ついには学校に出掛けるふりをして図書館に通うようになり、学校から家に電話がかかって来たことで親にバレてしまい、親と相談をすることになりました。

そして、親の反対を受けながらも、やはり人生の先までレールが見えている状況が許せず、先を決めないために高校を2年生で中退することに決めました。

いざ退学してからは、フリーターになり、好きなパンクロックのためにレコード屋に通ったり、アルバイトをしたり友達や彼女と遊んだり、それ以外は何も無かったですね。「無理に何かしないこと」を頑張るような状況で、惰性のような生活を2年程過ごしました。一応大検は取得したものの、高卒未満になりたくないというただの意地でした。

ただ、フリーターの生活もしばらくすると飽きてしまい、色々と考えた結果、音楽の影響からカルチャーが好きだったイギリスの大学に留学しようと決めたんです。英語も好きだし、ちょうど良いだろうと。

そこで、なんとか親の了承を得てロンドンの大学に進学すると、自分は英語が得意だと思っていたのが、全く言葉が伝わらず、「やばい、すごいところに来たな」と焦りましたね。今回に関しては100%自分の意志で来たからこそ、本当に頑張らなくてはと、目が覚めたような感覚でした。