中国の上海で生まれました。小さい頃から絵を描くのが好きで、5歳の時には水彩画を描いていた記憶があります。あとは、水泳の飛び込み競技とか、勉強が好きでしたね。

小学2年生の時、日本に来ました。父と母が先に日本に来ていたので、自分もどこかのタイミングで行くんだろうなと思っていましたね。嫌だと思った記憶はないんですが、周りの人には「日本なんかに行くのかよ」と言われて、悲しかったです。

テレビでは反日ドラマが流れていて、上海で日本は悪い国だと言われていたんです。僕は両親が日本に来ていたのでそうは思わなかったんですけど、人が国に対して帰属意識を持つ反面、外国に敵対心みたいなものを持つことに違和感がありましたね。

日本に来てから、言葉に困ることもなく生活にすぐに馴染めたんですけど、自分がマイノリティだという感覚は常にありました。名前を見て日本人でないことは分かりますし、どこの国の人か聞かれた時、国籍は中国だったので「中国人」と答えます。

すると、人によっては態度を変える人もいて、普通とは違うという感覚がありました。いいのか悪いのかは分かりませんが、馴染めるところは馴染むけど、馴染めないところはそのままでいいんだと思うようになりましたね。

様々な国に住んでいる親戚とは、国境や言語を超えてコミュニケーションをするのが当たり前だったので、自分が生まれた場所や住んでいる国に対して、帰属意識を感じずに育ちました。国単位であれば日本のことが間違いなく一番好きなんですけど、オリンピックみたいに国で競うのは苦手です。

日本で中学、高校と進み、国立大学に進学しました。将来のことは考えていませんでした。仕事のことはよく分からなかったんですよ。分かることは、どの教科が面白いかくらい。理系の科目、数学や物理が好きだったので、工学部に進みました。

将来は応用物理の研究者にでもなるのかと思いましたね。研究者を目指して大学院に進学して、自分が志望していた流体力学の研究で一番有名な教授の研究室に入りました。