福岡県北九州市の黒崎で生まれ育ちました。新日鉄の前身である八幡製鉄所で有名な街ですね。黒崎は移民が多いです。在日朝鮮人や元中国残留孤児など様々な人がいて、多国籍な雰囲気です。文豪や俳人も多く輩出していますが、貧しい生活保護者も多く、クラスの中にはヤクザの子どもが普通にいました。

幼稚園の頃、道路を見ていたら、なんだか悲しくなったんです。それで地面にうつぶせて泣き始めました。理由は、道路がかわいそうだったからです。地面って土じゃないですか。でも道路にはアスファルトが敷かれているじゃないですか。それが納得できなくて。アスファルト敷いたら、地面がかわいそうじゃないかって思ったんです。

で、その気持ちを幼稚園の友達や保母さんに訴えても、全く理解されませんでした。驚きました。その時、自分の感覚は普通じゃないのだなと直観しました。別に悲しくなかったですが、これから先は苦労するな、と覚悟しましたね。幼稚園の時にはすでに、自分がマイノリティであることの自覚はありました。

大地が可哀想だと思う自分の感覚を大事にして、そのまま自分の道を突っ走るようになりました。様々なマイノリティの人がいる地域だったので、そんなに自分が浮いている感覚はありませんでした。

小学2年生の時に、すごく好きな人ができました。映画『ネバーエンディングストーリー』の主人公、アトレイユです。で、アトレイユに夢中になっているうちに、バレンタインが来ました。どうやらバレンタインは、好きな人にチョコレートを送る日らしいと分かったので、西ドイツにいるアトレイユにチョコレートを送ろうとしました。

国際郵便とかそういうものは分からなかったので、とりあえず北九州のどぶ川にラブレター付きのチョコレートを投げ込みました。どぶ川から西ドイツに届くんじゃないかなと思って。初恋で頭が馬鹿になっていましたね。

で、それをクラスで話すと、「好きな人にあげるというか、女の子が男の子にあげるんだよ」と言われました。「なにそれ?」と思いました。そもそもアトレイユは、髪が長くて中性的です。好きになったのは確かですけど、好きになった時、性別は意識してなかったのです。だから、女の子が好きな男の子にチョコあげるというバレンタインの仕組みが、全く理解できなかったんです。

その時はただひたすら不思議でしたが、成長して、自分は恋愛対象の性別に囚われない「パンセクシャル(全性愛)」だと理解しました。セクシャルマイノリティですね。