私は大阪で生まれました。運動が苦手で、勉強は目立つほどはできない。しかも、これといった特技もなかったので、学校ではいじめられるようになり、居心地は良くありませんでした。しかし、母親が小学校の教師だったこともあり、学校には渋々通っていました。

中学に入ると、小さな頃から絵を描くことが好きで、褒めてもらえることも多かったので、美術部に入りました。しかし、先輩にあまりにも絵がうまい人がいて、その人と比べた時に芸術家としての限界を感じてしまったんです。そのため、部活にはあまり行かなくなってしまいました。

そして高校では、オーケストラ部に入りました。1人で作品を完成させる美術に対して、みんなで1つの作品を作ることに魅了されたんです。また、オーケストラは人数が増えてもパートを増やせばよく「全員レギュラー」なところにも惹かれました。

ただ、楽団奏者として生活を成り立たせるのは厳しいと理解していたので、プロを目指そうとは思いませんでした。両親がどちらも公務員だったので、将来は自分も公務員になるのだろうと考えていました。そして、語学はいくらできても荷物にならないだろうと考え、関西外国語大学に進むことにしました。

大学では軽音楽部に所属してベースを始めました。また、せっかくだから英語を喋れるようになりたいと考え、2回生の時から寮に入って留学生と共同生活を始めたんです。英語を使う環境にいれば、話せるようになると。

そして、寮では留学生たちとよく進路の話をするようになりました。私は「公務員になろうと考えている」と話していました。すると、「公務員になって何をするの?」「どうして公務員になりたいの?」とか、「何に興味があるの?」と聞かれるんです。

それまでは考えたこともないことでした。些細なことでしたが、初めて自分が何に興味を持っているのか、将来何をしたいのか、具体的に考えるようになったんです。