心地よさを決めるのは、世間ではなく自分。 何歳になっても「ありたい姿」を目指していく。

フリーランスの経営アドバイザーとしてさまざまな事業責任者や起業家の相談に応じたり、ITツールの導入を支援したりしている萩原さん。「ポスト会社員の働き方」を自ら模索し、その過程をありのままに伝える活動にも取り組んでいます。今の働き方に行き着くきっかけとなったのは、40代になって感じた「居心地の悪さ」だったと言います。心地よさを求め、萩原さんが選んだ道とは。お話を伺いました。

萩原 雅裕

はぎわら まさひろ|経営アドバイザー
株式会社NTTデータ、ベイン・アンド・カンパニー、日本マイクロソフト株式会社、Microsoft Corporation で法人向けビジネスに携わったのち、2015年ワークスモバイルジャパン株式会社に参画。法人向けコミュニケーションツール「LINE WORKS」の事業立ち上げに携わる。数々の役職を歴任し、2021年3月退任、独立。慶応義塾大学卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。

おまえは何をしに来たんだ


群馬県高崎市に生まれました。引っ込み思案な性格で、知らない人と話すのが苦手な子どもでしたね。限られた仲の良い子たちとずっと一緒にいるタイプでした。

小学校に入るタイミングで、父の仕事の都合で群馬から横浜へ。小学生時代は引っ越しを繰り返し、最終的に横須賀に落ち着きました。卒業後は中学受験を経て、神奈川県内にある中高一貫の男子校に進学。1学年3クラスとそれほど人数が多い学校ではなかったこともあり、みんな仲が良くて楽しかったですね。

そのまま6年間を楽しく過ごし、大学受験を迎えました。9割がた大学に進学するような学校だったため、その流れに乗った形でした。大学の選び方も、数学が苦手だから私立文系かなといった具合で、あまり深く考えていなかったです。

大学に入学してしばらく経った頃、ロサンゼルスに留学中の友人から「遊びにおいでよ」と誘われました。「ついでに留学しちゃえば」と言われ、じゃあ行ってみようかなと。とはいえ、私はろくに英語を話せませんし、友人との連絡手段は国際電話かFAXだけ。飛行機に乗ってから入国審査の通り方を知らないことに気づき、焦るといった有様でしたね。

ロサンゼルスでは友人に家から通える語学学校を教えてもらい、4週間ほど通うことになりました。そこでは驚きの連続でしたね。まず教室に入ると、40歳くらいの人がいたんです。その学校は大学に入りたい人が前準備として通うところなのですが、18歳の私は「なんでおじさんがこの年齢から大学に行こうとしているんだ」と理解ができなくて。

でも、「なんでここにいるんだ」と聞かれたのは私の方でした。ロサンゼルスに来てからというもの、いろんな人から「おまえは一体何をしにここに来たんだ」と聞かれるんです。「なんとなく英語を勉強しようと思って」と答えても、「で、おまえは英語を学んで何をするんだ?」と再び聞かれてしまい、会話がかみ合いません。

ある日、友人に「なんでここに来たのかすげえ聞かれるんだけど、なんて答えればいいの?日本語でも答えられないんだけど」と聞いてみました。すると、彼は「アメリカでは将来やりたいことから逆算して学部を選び、途中でやりたいことが変わったら学部を変える人が多いんだよ」と教えてくれたんです。

「おやおや?」と思いましたね。俺はやりたいことで大学を決めてねえぞ、と。中堅の進学校から合格した中で一番偏差値の高い大学に入り、そのままどこかに就職してサラリーマンをやるのが普通だと思っていました。しかし、それが当たり前じゃない世界がある。むしろロサンゼルスの人たちのような考え方が世の中では当たり前なのかもしれないなと感じましたね。

とはいえ、やりたいことは特にありません。就職活動をして会社に就職する以外の道は想像できず、日本に戻った後は留学前と変わらない大学生活を送りました。

経営への憧れを胸にビジネススクールへ挑戦


大学卒業後は、ITを活用し、顧客の課題を解決する大手SIerに就職しました。漠然と、情報・通信系の知識やスキルが重要な世界になっていくのではと感じ、システムエンジニアになろうと思ったんです。

入社2年目、尊敬する先輩に「若いうちにプログラミングの現場を経験したほうがいいよ」と勧められ、開発業務をお願いしている企業で働かせてもらうことになりました。しかし、「モジュールを1つ作ってみて」と言われても、全然うまくできない。隣にいるエンジニアに聞くと、「こうやったらいいんじゃない?」とさらっと作るんですよね。彼らの思考プロセスを理解することも難しく、どうがんばっても彼らのようにはなれないと実感しました。

新卒入社前後から日本の景気は悪化し続け、入社6年目くらいのときにITバブルが崩壊、破綻する会社も増えました。メディアでは「経営の役割の重要さ」や「サラリーマン上がりの経営者ではなく、専門的な知識のあるプロの経営者が経営をするべきだ」といった話が取り上げられていて。それまで何かの専門性を突き詰めることに興味はなかったのですが、さまざまな要素が絡み合う「経営」という専門職には面白味を感じたんです。漠然と経営に携わってみたいと思うようになりました。

年次が上がり、システム開発プロジェクトの上流工程に関わるように。その中でITに特化したコンサルタントと話す機会が増えました。それまで「コンサルタントなんて自分とは違う世界の話だ」と思っていましたが、彼らの話を聞いているうちにチャレンジしたい気持ちが抑えられなくなって。必要となる思考やスキルを学ぶため、社内留学制度を利用してアメリカのビジネススクールに通おうと考え社内試験を受験。3回目でようやく合格を果たしました。

念願叶って行ったビジネススクールでしたが、その2年間は本当につらかったですね。会社の中では仕事ができるほうだったし、英語もできた。正直、「なんとかなるんじゃないか」と淡い期待があったんです。でもまったく歯が立たず、自信が打ち砕かれました。クラスでのディスカッションでは、語学力も経験値も不足していて、意見を出せない。何より自分のこれまでの知識や経験が経営学の中でどう活かせるのかを見つけられなかったんです。

普通は2年目に楽になると言われるのですが、私は卒業するまで楽にはなれませんでした。正直、他の人が学んだのと同じだけのことを自分が身につけられているのか自信が持てず、不安でしたね。むしろ身についていない分、放っておいたらすぐに忘れてしまうに違いないという確信すらありました。社内選抜を後押ししてくれた上司や周りの方には申し訳ないと思いましたが、このまま会社に戻って仕事をすれば、この2年間が無駄になってしまうと考え、転職を決意しました。

40代になり気づいた居心地の悪さ


ビジネススクールで学んだ経営の知識をきちんと体に染み込ませるため、戦略コンサルティングファームに就職しました。経営の仕事に就く道も考えましたが、自分の経験と実力ではその前にもう一つ、段階を踏む必要があると思ったんです。

戦略コンサルティングファームに3年勤めた後は、外資系ソフトウェア会社の日本法人に移り、その次はアメリカの本社へ。その後、41歳で創業間もないスタートアップ企業に転職しました。

そこは企業向けのコミュニケーションツールを扱う会社で、私はプロダクトマーケティング責任者として入社。プロダクトの仕様決定や開発の優先順位付けなど初めて出来事の連続な上に、これまで勤めていた大企業と違って物事のスピードが速い。自分の判断が会社としての意思決定になることに最初は驚きましたが、自分でも不思議なほどすぐにその環境に馴染め、もっと早くスタートアップの世界に来れば良かったと思うほどでした。

ほどなくして役員となり、さまざまな部署の責任者を務めながら、会社全体の戦略や組織運営について考えることが増えました。気づけば20代のころから憧れていた事業会社の経営ポジションになっていました。仕事はとても楽しかったですし、充実していましたね。

ところが数年経つと、最初の頃のようなワクワクや楽しさが薄れていることに気づきました。「役員という責任のある立場に就いているのだから、そういうものなんじゃないか」「ワクワクがないとか言っている場合でもない」と自分を納得させていましたが、モヤモヤは晴れなくて。

ふと「20代のころにやりたいと思っていた事業会社の経営ができるようになった。じゃあ、このあとは?」と思ったんです。この先の20年、俺はどうするんだろうと。そこで、ここから先に自分が目指したいものをちゃんと考えられていなかったことに気づいたんです。

そんなある日、佐藤邦威さんという方が書かれた『直感と論理をつなぐ思考法』という本を読みました。「はじめに」の段階で、衝撃を受けましたね。常に他人モードで考えていると、自分モードで考えられなくなると書かれていて、まさに自分だと。会社の役員には従業員、顧客、株主とたくさんのステークホルダーがいます。方々に気を遣って言いたいことをストレートに言えなくなっている、その状態に思いのほかストレスを感じていたんだと気づけたんです。

会社が嫌いになったわけでもなければ、周囲の人を嫌いになったわけでもない。仕事が楽しくないわけでもありません。でも、あと20~30年こうした働き方ができるかと言われると、たぶん無理だなと思いました。20代から目指してきた場所だったけれど、辿り着いてみたら自分にとっては心地よい場所ではなかった。私は仕事が好きで、70代、80代まで働いていたい。残り30年ほど働くのであれば、なおさら新しい道を模索しなければダメだと思うようになりました。

働くワクワクを追求したい


企業向けのコミュニケーションツールを提供する会社にいたので、働き方の変化やトレンドは常に追っていました。その中で、今後は働き方が多様化し、1つの組織に属して働くのが主流ではなくなるだろうと感じていて。今は存在していない働き方が出てきてもおかしくはないという意識があったんです。だったら、自分にとって心地よい働き方を考え、自分の身体で実験してみてもいいんじゃないかと思うようになりました。

役員といっても、結局は会社に雇われている身。組織に属しているかぎり、いつか必ず仕事へのワクワクよりも、義務感の方が勝ってしまうのではないかと思ったんです。とはいえ、すぐに独立しようと思ったわけではありません。独立すれば自分で仕事を取ってこなければなりません。営業は得意ではないし、独立して活躍している先輩たちのような強い軸も自分を表すハッシュタグのようなものもない。

それに自分の培ってきたスキルを提供してお金をいただくことには限界があるとも感じていました。これまでフリーランスのコンサルタントになる方を見てきましたが、どうしても時間の切り売りになってしまうことや、得意分野の仕事ばかりになるため、新たな分野に挑戦しづらいことを知っていたんです。

であればスキルを活かしてお金を稼ぎながら、小さい規模で商品やサービスを立ち上げてみるのはどうかと考えました。小さくても、その商品やサービスが広まれば時間の切り売りをせず収益を得られるようになるのではないか。そしてなにより、自分が必要だと思うものを作って世に出し、お客さんの反応を見ながら磨き上げていくのは、働く喜びの原点のようで楽しそうだと思いました。最初のうちは、時間の切り売りのほうが売上バランス的には大きいかもしれません。でも、いつかそのバランスを逆転させ、自分が作った商品やサービスで生計を立てられるようになったら、個人が独立して働くときの新しい形が作れるんじゃないかと思ったんです。

いろいろと考えているうちに、不安よりやってみたい気持ちが上回り、独立を決意。やってみたら気づきがあるかもしれないし、もしダメでもまたどこかで働けばいいやと思ったんです。2021年3月に退職、独立しました。

個人が心地のよい人生を歩むために


現在は、経営アドバイザーとしてさまざまな企業の事業責任者や起業家の相談に乗ったり、ITツールの導入を支援したりしています。その他、自分でコンテンツを作って発信する活動にも挑戦しています。

そのひとつが「ライフMBA」です。人生を会社経営に例えて、必要なスキルを体系化したテキストコンテンツを提供しています。仕事ではみんなスキルをがんばって磨くし、目標を立ててPDCAを回すのに、自分の人生になるとそうしたことは何もせず、苦手分野を放置する人が多いなと感じていて。会社と同様、人生にも抑えておくべき知識や必要なスキルがあると思うんです。

大切にしているのは「全体像」を伝えること。本や講演では、「◯◯力を鍛えよ!」と特定のスキルをフィーチャーする風潮がありますが、その「◯◯力」が全体の中でどれくらい大切なのかを解説してくれる人はあまりいないんですよね。それに時が経つとまた新しく「これからは△△力だ」と別のスキルが出てくる。それぞれのスキルの関連性も重要性も、わからないことが多いと思うんです。自分のライフプランを描く上で、何のスキルが必須で、何が応用なのかわかったらいいなと、全体感を示すよう工夫しています。

今、あらためて思うのは、年齢を重ねれば重ねるほど、先のビジョンを描く機会が減っていってしまうということ。大人の事情がわかってきたり、担う役割が増えたりして、「こういうもんだよね」と現状を受け入れることが増えてしまう。でも、たぶんそれを続けていると、自分の気持ちと乖離が生まれて、やる気を失い、パフォーマンスを発揮できず、評価も上がらないといった負のスパイラルに陥ってしまうと思うんです。

だから1回立ち止まり、自分にとってどういう時間が心地よいのかを確認してみてほしい。自分と向き合い、「ありたい姿」を思い出してみてほしいんです。ありたい姿が見えてくれば、今の自分とのギャップが生まれるので、やるべきことや向かうべき方向が見えてくると思います。

私も自分にとって心地よい働き方を模索している1人です。自分がやっているチャレンジや感じていることを発信することで、誰かにとってのきっかけになったら嬉しいですね。だから、うまくいっていることだけではなく、今の状況や挑戦の過程をありのままに発信したい。その発信が同じような悩みを抱えている人の後押しになればいいなと思います。

2021.12.09

インタビュー | 渡邉 美月ライティング | 卯岡 若菜
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