やりたい人がやりたい時にやりたいことを。 トヨタからの出向で感じた社内起業の可能性。

トヨタ自動車株式会社で新規事業の立ち上げやその支援を行っている土井さん。他社への出向を経て見出した、日本をよりよくしていくための方法とは?お話を伺いました。

土井 雄介

どい ゆうすけ|社内新規事業立ち上げ、支援
1990年生まれ。東京工業大学大学院卒業後、トヨタ自動車株式会社に入社。CF企画部ののち、役員付き特命担当となり、複数部署を兼務。社内有志によるビジネスコンテスト「A-1 TOYOTA」の共同発起人。有志活動「ONE JAPAN TOKAI」代表。2020年には社内で前例のなかったベンチャー出向を実現。株式会社アルファドライブで新規事業の立ち上げと支援に関わる。2021年4月からトヨタに復帰し、新規事業部門を兼務する。

やりたいことを仲間と一緒に楽しむ


静岡県富士市で生まれました。幼少期から、両親には自由に育ててもらいました。そのおかげか、自分のやりたいことをやりたい気持ちが強くて。何もない田舎だったので、自分達で新しい遊びを生み出しては、みんなを誘って遊んでいました。100人で鬼ごっこをしたり、山1つ使って、サバゲーをしたり。

はたから見たら自分勝手だったかもしれませんが、周りの人に恵まれて、みんなで楽しく遊ぶことができました。加えて、自由にさせてくれた両親から一つだけ、「人に迷惑をかけちゃいけないよ、周りの人は大切にしなさい」とよく言われていて。だから、自分のやりたいことをしながらも、その言葉を心に留め、みんなと一緒に楽しむことを大事にしていました。

中学校からソフトテニス部に入部し、高校も有名なソフトテニスの強豪校へ。周りは県選抜にも選ばれているような超有名人ばかりです。練習は厳しかったですが、インターハイに行けるような学校でテニスをやれることに喜びを感じていましたね。周りも当然、そうだと思っていました。

しかし高校2年生の時、一緒に頑張ってきた仲間が突然、何人もやめると言ってきたんです。40人ほどいた同期が、一気に十数人に。チームは崩壊寸前まで追い込まれました。何が起きているのかわからず、かなりショックを受けました。これまで一緒に辛い練習をやってきて、これからもやっていけると思っていたのに。自分のことでもないのに、どれだけ泣いたかわからないくらい泣きました。

それでも、一緒に頑張ってきた人たちと、最後までやって感動を一緒に体験したい。メンバー一人ひとりと話して、何人かには部活に戻ってきてもらうことに成功しました。話をする中で、一人ひとりのモチベーションとチーム全体の方向性が揃っていないと、価値を発揮できないんだと痛感しましたね。一人ひとりやりたいことは違うから、それを知ることやそれを生かして進むことが大事だと感じました。

やがて僕は部長になり、戻ってきてくれたメンバーを含めて練習に励みました。しかし、インターハイにはいけず。僕らの代でインターハイの連続出場記録を止めてしまったんです。最後の試合の後は、30分以上もコートから動けませんでした。チームとしては良い関係性になれたけれど、満足のいく結果を出せなかった。それがものすごく悔しくて。楽しくやっているだけじゃダメなんだと感じて、何が悪かったのか考えるようになりました。

埋もれた才能がもったいない


大学は、研究のできる理系の学部へ。イベントサークルや体育会ソフトテニス部を立上げ、様々な催しを企画して人を巻き込んで楽しんでいました。卒業後は、いきたい研究室があったので他大学の院へ進学しました。

大学院に行ってみると、飛び抜けた才能や技術のある超優秀な人々ばかりで、本気で敵わないと思いました。研究に死ぬほど没頭して、普通ならできないほどの努力量を何ともない顔で投下する。研究者として飛び抜けている存在でしたね。

でも、そういう人たちは研究には熱心ですが、ビジネスには関心が薄く、よくわからない謎のビジネスコンサルに技術を持って行かれてしまう光景を目にしました。それがすごくもったいないと思ったんです。

一方で、僕自身も睡眠時間を削って研究し、特許取得や論文作成をしていました。しかし、そこまで頑張っても、業界の有識者の方が褒めてくれるだけ。もっと世の中がよくなると思ってやったのに、世の中に生かされるまでがすごく遠いんですよね。

自分の研究で感じたことに加えて、周りを見渡しても、優秀な能力や研究が世の中に還元されず埋もれてしまっている現状がありました。それが自分の中で、すごいもやもやで、もったいないと感じました。その経験から、優秀な才能や研究を社会につなげたい、ビジネスでこの課題を解決したいと思うようになり、就職先を探していました。

理想と現実。夢を諦める仲間たち


就活では、自己分析をしまくったり、ベンチャー企業やコンサルティング企業でインターンしたりして、数社から内定をもらっていました。でも、ときどき、研究室に来て話をするトヨタの先輩がとにかくすごかったんです。

全然個人の視座じゃないというか。自分軸というより世のため人のために何かしようと本気で考えている人ばかりで、自分にとって未知の世界でした。役職者の方に熱心に誘われたこともあり、完全に惚れて、トヨタに入社を決めました。

そこからは「絶対自分の選んだ道を正解にしたい」と覚悟を決めて、内定者を700人集めてクラブイベントや交流会をしたり、研修で積極的に発言したりと行動に行動を重ねました。

そんなとき、衝撃の出来事がありました。突然、母親から30万円ほど振り込まれたんです。決して裕福な家庭じゃなかったし、多額の奨学金も借りている状況だったので、何かあったんじゃないかと焦り、急いで電話しました。

そこで母から、「今まで周りに助けられてきたのを知っているから、会社に入ってからもいろんな人と会いなさい。このお金は他のものに使っちゃダメ、周りの人と会うために、飲み会に使いなさい」と言われたんです。号泣しました。電話口だったんですけど、声を出して、大泣きしていました。迷惑ばかりかけてきたのに、自分の大事にしてきたことを大事にしなさいと言ってくれて。

そこからは、「もっと頑張らないと」と全力で飲み会をしまくりましたね。その中で、同期とのつながりを作りにいきました。

イベンターとしての行動は昔からやっていたこともあって得意でしたし、それが強みだと自覚していました。結果的に毎日同期と飲んで夢を語っていて。同期の中でも変なやつでしたね。

入社して半年ほどが経つと、希望の部署に配属になりました。僕はやりがいを感じていたのですが、少しずつ友人とのギャップを感じるようになりました。定期的に社内外の友人たちと飲み会を開く中で、会社に関わらず、入社当時の夢が消えていく瞬間を感じるようになったんです。

優秀な人たちばかりなのに、理想と現実のギャップやしがらみ、若手の意見が通りにくい風土によって、世界が狭まり鬱屈してしまっていたんです。大学院でも感じた、「勿体無い」「何だこれ?」という気持ちが自分の中で大きく育っていきました。

そんな中、僕にとって大切な友人の一人が亡くなってしまったんです。自殺でした。その友人とはよく夢を語り合い、将来もずっと仲良く過ごしていくと思っていただけに、衝撃で言葉も出ませんでした。

それと同時に、「自分は何もできなかった」という後悔ばかりが込み上げてきて。夢への情熱を失う恐ろしさを改めて感じ、本格的に「何かしなきゃまずい」と行動し始めました。

変えたいのは自分だけじゃなかった


そんな中、大企業社員の方に誘われて、大企業の若手・中堅有志団体の実践コミュニティ「ONE JAPAN」の立上げのタイミングに参加。優秀な人材が社内では燻っており、やりたいことを実現できていない。そんな現状を変えたいという想いの人がいると知りました。実はトヨタにも有志団体があることをそこで初めて知って、メンバーと出会って一緒に動き出すことになりました。

初めは小さい規模でしたが、幅広い業界ネットワークを持ち、社内にも詳しい先輩に偶然出会い、皆で「トヨタ、もっと面白くしたいよね」と話し合っていました。

イベントやるかとか、複数社を巻き込んだセミナーを作るかとか、いろいろな可能性がありました。でも、話し合う中で、コーポレート戦略に通じた先輩がいるのと、僕が学生時代にビジネスコンテストに参加していたこともあって、ビジコンいいんじゃない?という声が高まり始めました。

僕や先輩が経験したビジコンをトヨタの仕組みに合わせてチューニングし、他部署の先輩たちがそれぞれの知見を生かして社内を動かしてくれました。そのおかげで、社内でも有名なロボットや車の開発者など、すごい方々がどんどん応援してくれるようになったんです。実際に告知してみると、百数十人がすぐに申し込んでくれました。

迎えた当日。ビジコンの会場では、才能に溢れた人たち一人ひとりが、想いを持って自分の言葉で話していたんです。自分の技術を生かして世界を変えたい、世の中をよくしたい。そこで改めて、社内にもやりたいことを持つ人がたくさんいることがわかりました。

さらにビジコンでは、やりたいことに共感する人が集まって、30ほどのチームができたんです。自分からやりたいことを声に出すことでチームができ、動き出すことを実感しましたね。自分一人じゃ会社を変えようと思っても、大きな壁が立ちはだかっているように見えました。でも、仲間ができたり、力のある人が繋いでくれたりすると進める、抜け道があるとわかったんです。それが見える仕組みができた感じがしました。

司会をつとめ、最終発表の時は号泣しました。トヨタはやっぱりすごい会社だ、入社した時、優秀な人がたくさんいるからすごいことができると思ったのは間違ってなかったんだと思えた。僕にとって大切だった想いを形にできたんです。ビジコンを経て、自分の中にあったやりたいことのある人たちを支援したいと思う気持ちは、ますます大きくなっていきました。

社内起業家としての覚醒


そうした活動が身を結び、様々な人との繋がりを経て、例外的に役員つき特命担当に任命していただきました。役員の下で新規事業の戦略立案など、普通では考えられないような経験をさせていただきました。

しかし、やってみたものの、新規事業の立ち上げが全然うまく行かなかったんです。せっかく最良の環境にいながら、何も成果をあげられない。何をするかは決まっていて、事業に対する大規模な投資案件の目処も立っているのに、なぜかプログラムが全くと言っていいほど進行しませんでした。

何百人、何千人の中からコストをかけて選んでもらっているのに、やりたいことのある人たちの想いも抱えているのに、一向に進めることができない。何が起きてるんだ?と思い、自分の力不足に絶望しました。

そんな中、ONE JAPANが主催する、ある講演会に参加したんです。そこで、「全ての会社員は社内起業家として覚醒できる」という言葉を聞きました。衝撃を受けましたね。一方で、なんで自分はそれができないんだろうと感じて。

選んでもらっているのにうまく行かない、力をつけるために修行した方がいいのかもしれない。転職をした方が良いのかと悩んでいると、役員の方に「だったら出向すればいいんじゃないか」と声をかけてもらったんです。なるほど、と思いました。トヨタの人たちが関係のない会社に出向できる座組みを作れるかもしれないと思い、僕自身が一例目として、ゼロから出向制度を企画することにしました。

出向先に決めたのは、創業間もないベンチャー企業の、株式会社アルファドライブでした。「全ての会社員は社内起業家として覚醒できる」と話していた、麻生要一さんが代表を務める会社です。アルファドライブは社内起業を支援する会社で、新規事業を立ち上げるための明確な型を持っており、まさに僕の「やりたいこと」を実現している会社でした。役員の方はじめ本当に多くの人に協力してもらい、1年以上かけて調整し、出向を何とか実現することができました。

アルファドライブでは、企業内での新規事業の立ち上げに伴走しました。驚きの連続でしたね。社員一人ひとりが自分のやりたいことを実現し、社内起業家として覚醒する瞬間を、毎月のように目の当たりにしたんです。

新規事業のプログラムに参加する方々は、地位があったり、実績があったりする人が多いです。でも、実際に現場に行って、顧客課題に向き合って解決しようとしたときに、何もできないことに気づくんです。ある企業で活躍しているエース級の人が、徹底的なヒアリングをしたとき、「その課題は自分の力では解決できない」と言って泣き出したこともありました。

そのあとの動きがすごいんです。自分の無力さに気づいたり、顧客に憑依して課題の根深さに出会ったりした時、「なんとしてでもこの課題に取り組みたい」と思う瞬間があるんですよね。意識の変化にかかる時間は人によって違いますが、みんなそんな瞬間があって。「本当に、誰でも覚醒できるんだ」と気づくことができました。

しかも、アルファドライブには覚醒後、より深く課題を見つめ、解決につなげていく型がありました。的確な方法とやり方を提示できるのですぐにアクションを起こしやすいんです。思いを持った人がちゃんと輝いていける仕組みがあることで、やりたいことがやりやすくなる環境を整えていっていました。アルファドライブのすごさを感じましたし、一方で大企業の可能性は凄まじいということにも改めて気づかされましたね。

事業は顧客課題から生まれているので、新規事業を推進することは課題解決にもなります。大企業の中で新規事業を推進していくことで、社会全体の課題が解決されていくはずです。新規事業を作っていくことで、どんどん世界をより良く、面白くできると感じました。加えて、大企業で働く人の側からすると、自分のやりたいことを事業にできるので、埋もれることなくワクワクして働けるようになると思ったのです。

世のため人のため。日本を支えたい。


今は、アルファドライブからトヨタに戻り、新規事業に関する複数部門で横断的に仕事をしています。新規事業の実践と支援、両方に携わっています。実は、「戻りたい部署は自分の価値が一番発揮できる部署を自分で決めなさい」と上司に言って頂いたんです。こんなありがたいことはないと思いました。学んだ新規事業の開発や支援のノウハウを生かして、変わらないと言われる大企業の壁を突破できる仕組みを、トヨタから日本中の企業にもっと広げていきたいと思っています。

これまでの活動で、ベンチャー企業だけでなく、大企業にも、夢や志を持った人が大勢いると知りました。ただ、場がなかったり手法がわからなかったりしてできなかったり、あまりにも大きな組織の中で情熱を失ってしまったりしている現状があるのもまた事実です。せっかく優秀な技術や才能を持っていても、それでは宝の持ち腐れです。

やりたい人がやりたい時にやりたいことができる社会を作る、それが僕のやりたいこと。自分のやりたいことと組織がやりたいことが一致してる状態が、僕の中で一番理想の働き方です。

みんなが働きながら社内起業家として覚醒し、生き生き働けるようになれば、課題は解決され日本がもっとよくなるはずだと心から信じています。場づくりや仕組みの提供を通して、まずは会社を変えることで、日本を、いずれは世界を変えていきたいと思っています。

そのための一歩をトヨタから踏み出す。僕にとっては、ここからが新しいスタートです。

2021.04.29

インタビュー | 粟村 千愛ライティング | 伊藤 達洋
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