私は美容師の両親のもと、東京で生まれました。父は理容師から美容師になり、11年越しで大会で優勝するような腕前ではあったのですが、家にはほとんど帰らずに仕事に没頭していました。また、あまり裕福でない時期もあったので、私は美容師にはなりたくないと思っていました。

小さい頃は人見知りで、親の後ろに隠れているような引込み思案の性格でしたが、中学生になると外の世界に目が向いて行きました。むしろ、学校には行かなくなってしまいました。時間割や制服など窮屈だったし、外に出れば新しい人と出会い、知らないことを知れるので面白かったんです。また、お金を稼ぎたいと思い、友達とお金儲けまがいのこともしていました。

一応進学した高校は、先生と揉めて2ヵ月ほどで退学になりました。その時、父に美容師の免許を取るように言われたんです。兄も美容師の道に進んでいて、将来美容師にならないとしても、丸山家の一員として資格だけは持っておけと。そう話す父の雰囲気は今まで見たことのないような凄みがあったので私は従うことにして、通信制の美容専門学校に通い始めました。ただ、美容師になりたいわけではなかったので、美容室ではなく土木や飲食店などで働いていました。

そんな生活を送り始めた17歳の時、カンボジア難民を特集するテレビ番組を見て興味を持ち、現地に行くことにしました。実際に難民生活を送る人たちを目の前にすると、衝撃を受けましたね。

それまで、自分は学校に行っていないと心のどこかに劣等感があり、それをぶつけるように生きていました。しかし、難民の人たちはそんなの比べ物にならないくらい大変な生活を送っていました。それでもみんなで寄り添って幸せそうに生きている姿が、衝撃的だったんです。

また、その時に私は熱射病で倒れてしまいました。現地の人に取り囲まれ、「身ぐるみを剥がされてしまうんだな」と思っていたのですが、みんな必死に看病してくれたんです。

この時、自分はいかに寂しい人間なのか気づき、人を信頼するとはどんなことか学ぶことができました。そして、その後もカンボジアに興味を持ち、何かできないかと父の仕事でもあった髪を切ることでボランティアカットを始めました。