私は東京で生まれ、小さな頃から遊び好きでやんちゃな子どもでした。
しかし、祖父が厳しく、いたずらするたびに怒られていたので、どんどん萎縮して自分を出さないようになっていきました。

ただ、人と同じことをするのは嫌で、変わったことをしたいという思いが強く、
図工の授業でもみんなが本棚を作る中、一人だけスライドで開閉できる箱を作ったり、
夏休みの工作では自動で仰げるうちわを作ったりしていました。
そんな風に自分で考えて何かをつくるのが好きだったので、中学卒業後は工業高校に進むことにしました。

黙々と一人で作業するのは得意だったので成績も良く、工業大学から推薦入学の話をもらっていました。
しかし、周りが工業大学に進んでいるのを見て、同じではつまらないと思ったんです。
その時、『スターウォーズ』の映像のように、細かいコマ割りでの映像を撮ってみたいという思いもあり、
映画製作の専門学校に進学して映像を学ぶことにしました。

専門学校では、撮影、音響、脚本など、映画製作の全体的なことを学ぶことができ、
実際に自分たちで作品も作りました。
しかし、それには演者が必要で、みんな自分の得意分野の担当をしたがる中、
私は色々なことを学びたいと思っていたので、役者もしてみました。
演じることを学んでいたわけではないので、あまり面白くはなかったものの、
自分を表現して人から注目を浴びること自体は楽しかったですね。

そして、卒業後は周りがフィルム会社やテレビ局に就職する中、周りと同じじゃ面白くないと思い、私は劇団に入ることにしました。
就職した友だちは初任給で十数万円もらっている中、私は月給5万の劇団員としての生活がスタートしたんです。