スポーツ心理学で人も社会も「ごきげん」に。QOLとスポーツへの思い、内科医からの転身。
スポーツ心理学に基づくオリジナルメソッドを用いて、人が「ごきげん」な状態を保つことでQOLの向上を行うスポーツドクターの辻さん。13代続く医者の家庭に生まれ、「世のため人のために生きろ」と言われて育ち、部活漬けの大学生活を経て内科医に。そんな中、医者として目にした『パッチ・アダムス』の衝撃と、スポーツへの思いから31歳で決めた方向転換。スポーツを文化として根付かせ、人や社会を「ごきげん」にする活動の背景にある思いとは?
辻 秀一
つじ しゅういち|スポーツドクター
スポーツドクター。株式会社エミネクロス代表。スポーツ心理学を日常生活に応用した応用スポーツ心理学をベースに、パフォーマンスを最適・最大化する心の状態「Flow」を生みだすための独自理論「辻メソッド」でメンタルトレーニングを展開。
Dr.辻公式HP
部活漬けの大学生活を経て内科医の道へ
東京都新宿区に生まれ、小学5年生から6年生の途中まで兵庫県西宮市で暮らしました。西宮では知人の紹介で寺子屋形式の少人数の塾に入ったのですが、最初は授業が全く理解できず、塾内のテストで0点を取ることもありました。それでも、諦めずに続けていくと、一生懸命物事に打ち込むことの楽しさを感じるようになり、負けず嫌いな性格も合わさって、成績が上がっていくようになりました。6年生になり神奈川県に引っ越した後は、中学受験を経て県内の進学校である栄光学園に入学しました。
中学ではバスケ部に入りました。昔からスポーツはまんべんなく得意でしたが、小学校の時にポートボールで活躍したことや、点が入ってもいちいち止まらずに進み続けることなどから、バスケットボールに面白さを感じていたんです。進学校ということもあり、部活への打ち込み方に物足りなさを感じることもありましたが、中高一貫の学校の中で充実した部活生活を過ごしました。
大学の進路選択の時期になり、一度は、エネルギー問題への関心から、理工学系の研究者になろうと考えていました。13代続く医者の家系で、父や祖父から「世のため、人のために生きろ」と言われて育ったことが根幹にありました。医者が1人ずつしか人を助けられないのに対し、エネルギー問題を解決すれば多くの人のためになるという感覚でしたね。しかし、進学校で周りには非常に頭が良くて勉強好きな人が多くいたこともあって、研究者は自分は向いていないかもしれないと感じました。結局、家族と同じように医者を目指すようになりました。大学選びは、バスケ部が強いという理由で北海道大学に決めました。
大学に入学してからはバスケ部に入り、とにかく部活漬けの日々でした。医学部大会で6連覇するような強豪校だったので、毎日練習に打ち込み、授業は友人に代理での出席を頼むような状況でしたね。テストのためだけに最低限勉強するような学生生活でしたが、充実感がありました。
その後、大学を卒業した後は、父の知り合いが多かった慶應大学病院の内科に入局しました。オペや怪我に興味がないので外科ではない、ジェネラリストになりたいから眼科や歯科でもない、という考えからきた選択でした。
『パッチ・アダムス』の衝撃、再びスポーツの分野へ
医学部の時には何故勉強するか分からない部分もあったのですが、卒業して実際に現場に立つと、人の命に直接関わることを実感し、ものすごく勉強するようになりました。病院の近くに住んで、家に寝に帰るか、当直室で寝るかという生活で、とにかく働き、勉強しました。世のため人のためになっている感覚や、何かに一生懸命になることの楽しさを感じながら、ひたすら仕事に没頭していました。さらに、父親へのライバル心から、もっと偉くなりたいという気持ちが原動力になり、論文を書いたり学会発表をしたりと、毎日忙しく過ごしました。
ある時、妻から、「そんなに偉くなってどうするの?」と言われました。答えに詰まってしまい、それからは思い悩むようになりました。好きなスポーツから離れてしまっていることに対しての寂しさも感じました。
そんなことを考えながら仕事をしていたある時、『パッチ・アダムス』という映画を見て衝撃を受けました。「お医者さんの映画だから」と気軽なノリで見たのですが、映画の中の医師が笑いを用いて人を元気にするのを見て、元気になることをサポートする医者がいるということに、本当に驚きました。「治すことだけが医者じゃないんだ」と。
それ以来、何度も映画を見直し、モデルとなった医師の講演会にも参加しました。その中で、人生には「質」があるということを学び、「QOL(Quality Of Life)」が自分のテーマとなりました。病気になった患者さんの治療をすることよりも、人が元気になるサポートをしたいと考えるようになっていきました。
パッチ・アダムスにとっての笑いは、自分にとって何なのだろうと考えると、思い浮かんだのがスポーツでした。私自身の経験からも、スポーツは、QOLの向上に役立つ素晴らしいものなのにも関わらず、それを結びつけて考えている人が少ないように感じました。ちょうど、慶應義塾大学スポーツ医学研究センターという施設ができたこともあり、すぐに病院に辞表を出すことに決めました。
31歳という年齢もあり、周りからは驚かれましたが、偉くなることよりも好きなことをしたいという思いの方が勝りました。それからは、当直のアルバイトをして生活費を賄いながら、スポーツ医学の中でも、選手の怪我を治す整形外科とは異なる、ライフスタイル・マネジメントやコンディション・サポートと呼ばれる領域を学んでいきました。
「ごきげん」に保つメソッドと、スラムダンク
スポーツ医学を学んでいき、最終的に辿り着いたのはメンタルの分野でした。栄養・休養・運動で健康になろうとしても、身体のコンディションを整えて勝とうとしても、最後は心が大事、QOLの質は心で決まるということを感じました。
当時、日本では、マイナスの状態を平常に戻す、いわゆる「病んだ心」の治療の専門家しかいませんでした。平常からより良くする、ゼロからプラスに持っていくスポーツ心理学を学ぶため、アメリカの応用心理学会に参加しました。
アメリカでは、スポーツ心理学の先生が音楽家やビジネスマンのトレーニングまで行っていました。「探していたのはこれだ」と感じました。スポーツの価値が高く、一つの文化として根付いていました。スポーツは心と結果の関係が分かりやすい。それを様々な分野に活用しようという、実学重視の非常にユニークな環境が出来上がっていました。
帰国してからは、スポーツ心理学を元に、自らのオリジナルメソッドを作れないかなと考えるようになり、「辻メソッド」という、「FLOW理論」を背景にした応用スポーツ心理学の独自の理論を作りました。わかりやすく言うと、揺らがずとらわれず、「ごきげん」な状態を保つ方法です。一般的に言われる「フロー」の意味や、「ゾーン」のような究極的な集中状態ではなく、早く切り替える思考の習慣を作るメソッドで、心を整えるための思考習慣を身につけようというものです。
人がストレスを感じる時、それを「気にしないでいよう」と考えているうちは、気にしてしまっています。その状態では、前向きなことを考えようとするポジティブシンキングも、自分に嘘をついている分、気合いが必要です。それに対し、「自分の機嫌が悪くなったことに気付き、機嫌が良くなった時の価値を考える」という、機嫌が良くなる脳の思考習慣が身についていれば、自然と心は整います。
私は、その習慣づけをサポートしようと考えました。まずは知識をつける、次にそれらを意識する、効果を体感する、人に話してシェアをするという順で身につけてもらう、というものです。
習慣づけの方法として『スラムダンク』を用いることを思いつきました。以前、大学の体育館で、チームドクターをしていたバスケ部の練習に行くと、学生が皆『スラムダンク』を読んでおり、「先生読んでないんですか!?」と言われたことがありました。実際に読んでみるとものすごく面白かった。そこには、私が伝えたい「心」のことが全て入っていました。
著作権の問題等があり、利用するのは難しいかと思っていたのですが、井上雄彦先生に連絡をしてみると、実際にお会いする機会をいただき、人間のQOLを高めるサイエンスとしてのメンタルトレーニングについて、「面白いね」と言っていただくことができました。『スラムダンク勝利学』という本を出版することになり、おかげ様で37万部のベストセラーになっています。
スポーツを文化にし、人も社会も「ごきげん」に
自らのメソッドがより多くの人の助けになればと思い会社を立ち上げましたが、当初は市場からのニーズがほとんどありませんでした。「心」の話をされると、どこか怪しげに感じられるもの。私自身も営業の仕方も分からない。独立してからは、正直お金に困ることもありました。
それでも、本が売れ始めてからは講演の依頼が増えたり、口コミで連載をもらったり、仕事の問い合わせが入ったりと、少しずつ軌道に乗っていきました。私自身でもメソッドの伝え方の幅を広げていき、自分が伝えている価値に手応えを感じるようになりました。
現在は、スポーツから得た、心を元気にする方法を、人生や社会にも用いることを目的に、様々な活動を行っています。講演会等のイベントで自分の考えを直接伝えることに加え、直接会えない方には本という形で伝えていくことを行っています。また、伝えるだけではその人自身が変わりにくいので、継続的なトレーニングのプログラムも行っています。患者さんに継続的に長く寄り添いたいという、元ドクターの性分もありますね。具体的には、スポーツ選手や音楽家、経営者の心を整えるためのパーソナルトレーニングや、企業を対象にした、パフォーマンス向上のコンサルティングやトレーニングを行なっています。他にも、ビジネスの領域で注目されている健康経営に対応するため、企業のチームドクターとして産業医を務めたり、個人に向けたワークショップや、CD・DVDでの発信も行っています。
また、スポーツを文化にしたいという思いから、スポーツのディズニーランドのようなイベントをNPOで企画したり、板橋を拠点にするプロバスケットボールチーム「東京エクセレンス」を運営したりしています。日本ではスポーツイコール体育だと思われていますが、本来は、人間を豊かにし、QOLを高める人間固有の文化です。だから、スポーツが文化として根付いていくことで、日本がより豊かになることに繋がっていくんじゃないかと考えています。そのためにできることは何でもやっていきたいですね。
これからも、自らのメソッドを通じて多くの人を「ごきげん」にすること、スポーツを文化にすることを志として、その両輪に力を入れて、協力してくれている周りの方々を幸せにしていきたいです。
2015.12.16