僕は東京の日野市で生まれ育ち、高校は更に田舎の山梨の学校に進学していました。あまり勉強をするような高校ではなかったので、時給が良いというだけで始めた、カメラのフィルムの集荷のアルバイトに明け暮れていました。

高校も卒業するころになり、これからどうするのか考えていたころ、そのアルバイト先から、正社員としてこれから働かないかと誘ってもらったんです。特に他にどこに行くかも決めていなかったので、そのまま入社することに決めました。

それまでのアルバイトとは違い、社員として様々な業務をやらなければならなかったので、写真についてたくさん勉強し、働き詰めになりましたね。人手不足だったこともあり、本当によく働きました。

しかし、しばらく続けているとその働き過ぎがたたり、身体を壊してしまい、会社を辞めることになったんです。

そして、これからどうしようかと考えていたときに、叔父が通信販売の会社を経営している事を思い出し、以前から興味を抱いていたので、お願いしバイヤーとして雇ってもらえることになりました。

その会社は、マニアックなこだわりの商品専門の通信販売の会社で、バブル期ならではのお金持ちを対象に、恐竜の卵の化石などといった面白い物を売っていたんです。働いてみると、店舗にいるバイヤーと違い、写真やコピー一つで売上が変わってしまうのがとても面白かったし、自分の見つけてきた商品が1位になると、すごく嬉しかったんですよね。

そして次第に仕事に打ち込むようになり、気づけば21歳のときにチーフバイヤーにまで上り詰めていました。