開発職から社内広報へ。 理想へ向かって、自分で動いてみる。

コニカミノルタで社内広報を担当する、堀さん。子どもの頃から化学に興味があり、開発職で就職。10年間開発部で働いた後、社内転職に踏み切りました。軽やかに行動を起こす堀さんが、大切にしている価値観とは。お話を伺いました。

堀 杏朱

ほり あんじゅ|コニカミノルタ株式会社
1982年生まれ。中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻修了。2008年コニカミノルタ株式会社に入社。情報機器開発本部 材料要素技術開発センター 化製品開発部に配属される。2018年、社内公募にてOne KM推進室に異動。2020年3月より広報部インナーコミュニケーショングループで社内広報を担当している。

サイエンスとものづくりへの興味


東京都世田谷区で生まれました。本を読んだり、折り紙を折ったりするのが好きな、大人しい子でした。両親は洋服のテキスタイルデザイナー。両親のつくったものが世に出て、お客さんの元へ届くのを見ていたので、漠然とものをつくることへの関心がありましたね。自分の携わったものが届いて、使ってもらえる仕事って、いいなと。

小学生のとき、理科の実験教室に参加しました。化学反応など、教科書に書かれていた知識を目の前で見ることができたのが、面白かったです。勉強の枠を越えて、知識が自分の体験になったことに感動しました。それから、サイエンス全般への強い興味が芽生えたんです。

またこの頃『子どもたちが地球を救う50の方法』という本を読みました。世界のゴミ問題などに対して、子どもができることを考えた本です。今まで、自分の周りの世界しか見えていなかったけれど、地球単位の困り事があるのだと驚き、初めて環境問題に気づかされました。そこから、環境への負荷が少ない素材をつくれたら、という思いが生まれました。

お客さんに近い場所で開発したい


大学では、応用化学を専攻しました。実際に世の中で使われる化学を学びたかったし、ゆくゆくは素材開発の仕事をしたいと考えたからです。私が研究テーマに選んだのは、主に樹脂を扱う研究。勉強よりも、やっぱり実験や観察が面白かったですね。素材の研究をもっと突き詰めたいと、大学院にも進学しました。

就職にあたり、化学の素材に関する仕事を探しました。素材の仕事は、大きく上流側と下流側に分かれます。化学メーカーなど、素材の大元をつくるのが上流側。製品寄りの素材をつくるのが下流側です。私は、自分の携わった製品がそのままお客さんのもとへ届く、下流側の仕事の方がやりがいを持てそうだと感じました。そこで、複合機などを手がける電機メーカーへの就職を決めました。

配属されたのは、情報機器開発本部の化製品開発部でした。コピー機に使われる、トナー用の樹脂をつくるのが仕事です。どういう素材にすれば性能が上がるか、省エネになるかを考えてトナーの構成を設計をします。省エネを実現することで、微力ながら、環境負荷の低減にも貢献できたという実感がありました。

入社して数年経つと、次世代の技術を考える、調査研究のような仕事をする機会もありました。でも個人的には、アカデミックな研究よりも、お客さんに近い場所で製品開発をする方が、やりがいを感じられたんです。具体的に物が目で見える方が、喜びを感じやすかったのかもしれません。

開発から商品化されるまでには時間がかかるので、お客さんのもとに届けられた!とダイレクトに感じることはあまりありませんでした。それでも、自分の携わった製品が、世の中に出ると決まったときは、とても嬉しかったです。

外の人と話して得られた気づき


あるプロジェクトで、お客さんのところへ製品のニーズを聞きに行く機会がありました。もともと、私も他の開発メンバーも、お客さんの声を聞きたいとは思っていました。でも、なかなか実際に外に出る機会はなかったんです。開発部自体がかなり大きい組織なので、他部署とコミュニケーションを取ることもあまりありませんでした。

そのプロジェクトに参画して初めて、他部署や協力会社、お客さんの声を直接聞くことができたんです。すると、大きな気づきがありました。

例えば、開発者が重視している性能が、お客さんや他部署の人にとっては、それほど重要ではないということ。良いものをつくるというゴールは皆同じだけど、そこに至るまでの価値観は、それぞれの立場によって違うのだと気づきました。

そして、そのどれもが正解なので、違いを知りながら互いに連携しなければいけないんだと。これまで、自分の仕事だけをやっていれば良いと思っていたけど、外との違いに気づけたことは、私にとって大きな収穫でした。

外の人の意見を聞くことの重要性を感じて、この気づきをもっとシェアしたいと思いました。そこで、情報機器に関わるいろいろな部署の人を集め、隔月で飲み会を開くことにしたんです。

みんなで情報をシェアして、気づきを得て。参加者の反応もよく、飲み会の場をきっかけに、新たなプロジェクトも生まれました。飲み会の開催に意義を感じられたし、このような取り組みを情報機器だけでなく、全社的に拡げられたら、もっと大きな効果が得られるだろう、とも思いましたね。

同時に、開発という閉じられた空間にいることに、モヤモヤを感じるようにもなったんです。そのときの仕事は、開発部署の中だけで完結します。仕事自体は楽しいけれど、このまま横のつながりがない中でキャリアを重ねていっていいのだろうかと考え始めました。

そんなとき、会社の中期経営計画が発表されました。内容は、デジタル社会にフィットするように、会社を進化させていくというもの。化学の素材を扱う私たちの仕事は、デジタルとは少し遠いところにあります。自分の仕事はなくなってしまうのだろうか?漠然とした不安を覚えました。

会社が変わっていく中で、自分たちができることは何か。素材の技術が生かせることはないか。できることをやって、会社に貢献したい気持ちはありました。そこで、素材に関わる人たちを事業を越えて集め、勉強会を開こうと考えたんです。会社が目指す方向性の中で、個人がそれぞれ能力を伸ばしていくために、同僚と共に社内有志活動を立ち上げることにしました。

自分が行動することが大事なんだ


活動を続けるうちに、素材系以外でも勉強会や交流会をやって欲しいという要望が来るようになりました。私たちも、全社的に取り組んで、大きな力にしたいと思っていました。ただ、どうやって活動を全社的に進めればいいのかが分からなかったんです。周囲に活動を理解されず「何の意味があるの?」「誰の許可を取ってやってるの?」と言われることもありました。

そんなとき、大企業の若手中堅社員の実践コミュニティ「ONE JAPAN」を知り、カンファレンスに参加したんです。秋葉原の大きなイベント会場に、さまざまな会社の人が集まっていました。自分たち以外にも、こんなにたくさんの人が会社の中で有志活動を頑張っているんだと、衝撃を受けたし、勇気をもらいましたね。

このときから強く心に残っているのは、共同発起人の「Give & Give & Give」という言葉。テイクを求めてやるのではなく、自分がやりたいからやるのだと思えました。それまで、会社のため、誰かのためにやるという意識があったし、本業じゃないことをやっていいのかと迷いもありました。でもその言葉を聞いて「成果や評価を得るためではなく、自分がやりたいからやるんだ」と、背中を押されたんです。

社内で「結局そういう活動は長続きしないよ」と言われたときにも、だったら成功するまで続けようと強く思いました。熱い思いを持って、会社の課題に取り組んでいるのに、なぜ否定されるんだろう。その悔しさが、活動を続ける原動力になっていました。

また、組織の中で長年働いていると、どこかで「会社がこうしてくれたらいいのに」と思ってしまうことがあります。自分ではない誰かがやってくれるべきもの、と文句を言うだけで何もしない自分もいました。それを、自分で行動して変えてみよう、というのがONE JAPANのコンセプトでした。会社の中で、自分はどう行動するか。変えられるのはまず自分から、と強く意識させられたのです。

開発から、新規事業に関わる部署へ


気持ちを新たに社内有志活動に取り組んでいたとき、新規事業創出に関わる部署で、人員の公募がありました。社内の技術や魅力を掛け合わせて、新しいビジネスをつくろうとしている部署です。その観点は、社内有志活動の目標とも近いと感じました。それに、仕事として会社単位で取り組めるのならいいなと、手を挙げたんです。外とのつながりを持てるような環境に、身を置いてみたい気持ちもありました。10年続けた開発の仕事から、社内転職することにしたのです。

周囲には驚かれましたが、開発がやりたくなったらまた戻って来ればいいかなと、不安はあまりありませんでしたね。開発のメンバーも、今までの経験を生かして頑張って欲しいと、背中を押してくれました。

新しい部署では、会社のコア技術や社外ネットワークなどの非財務価値を生かし、新規事業創出に取り組みました。会社の事業をしっかり知らなければ、シナジーを生むことはできません。この部署で、いろいろな人と関わり、会社を深く知ることができました。会社が環境負担を軽減するためのサービスを提供していたことも、ここに来て初めて知ったんです。

異動して2年経った頃、今度は社内広報をする部署へ行かないかと声を掛けられました。社内コミュニケーションの仕事だと聞いて、それも自分のやりたいことだと思いました。同じ会社にいても、知らないことはたくさんあるし、知ったら「こんないい会社なんだ」と思えることもある。社員が会社の情報を知っていれば、自分の部署と他部署の仕事を組み合わせて、新しいことをやろうとも思えるかもしれません。社内広報を通じて、その手助けができたらと思いました。

想起される人になりたい


今は、コニカミノルタの広報部で、社内広報をしています。仕事内容は、社内報の制作や社員向けSNSの運用、国内外へのトップメッセージの発信など。社員が会社の情報を知る場をつくり、会社の技術や人の力を最大限に生かすことを目指しています。

やりがいを感じるのは、発信した声が届いたと実感できるときです。海外の社員が、電子版の社内報をプリントアウトして、「載ってよかった」とメッセージを送ってくださったこともあって。社内報に掲載されたことを喜んでくれるんだと、嬉しかったです。国内の社員のインタビューだけでなく、海外の素晴らしい取り組みももっと紹介できたらと思っています。

新規事業創出の部署にいたとき、結局ビジネスの立ち上げには至りませんでした。だから、今後何か新しいビジネスに携われたらという思いはありますね。会社がこれまで培ってきた技術を、新しい社会にフィットするように進化させられたら。今は、社内広報でその手助けができたらすごく嬉しいです。

今、ONEJAPANで、女性リーダーを育てる研修プログラムの立ち上げに関わっています。組織づくりや人財育成にも興味があったので、事務局として声を掛けられたときすぐにやりたいと回答しました。女性が管理職になるためのマインドやスキルを身に付ける機会になればと思っています。

私は、やりたいことを率先して口に出すタイプではありません。誰かがやりたい!と言ったときに、それに乗っかって一緒にやってきたことが多いです。有志団体を立ち上げたのも、最初に言い出したのは同僚でした。声を掛けられたから、自分が一歩踏み出せた機会は多々あります。

だから、想起される人物で在りたいと思っています。誰かが何かやりたいと思ったときに、声を掛けてもらえる人になる。そのために、声を掛けられたら断らずにやりたいし、自分をアピールしていきたいですね。あのときいたから、今回も呼んでみようと思われるように、なるべくたくさんの場に関わることも意識しています。想起される人になることで、自分自身の幅も広がっていくと思っています。

2022.07.21

インタビュー・ライティング | 塩井 典子
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