給料をもらって地域貢献をする仕事。「拾った命」を捧げる公務員という生き方。

山梨県庁の職員として20年間勤務している佐藤さん。公務員を「給料をもらって地域貢献ができる、やりがいがある仕事」と話す背景には、どんな思いがあるのか、お話を伺いました。

佐藤 浩一

さとう こういち|山梨県庁職員
山梨県職員として、山梨県の広報*地域ブランディングに携わった後、現在は医療現場の仕事に励んでいる。

人生のターニングポイント


私は山梨県大月市で生まれ育ちました。
私も含め、この地域の人たちは微妙な田舎感のある地元にとても愛着をもち、誇りを持っています。
高校卒業後は東京の大学を選択したものの、実家からは電車で1時間程だったので、
地元を出るという選択には至りませんでした。

進学を控え、大学入学のための健康診断を受けたのですが、血圧に異常な数値が出てしまったんです。
連日大きな病院に通った結果、「心臓弁膜症」と診断されました。
簡単にいえば大動脈の弁が壊れてしまっていて、心臓に大きな負荷がかかってしまっていたんですね。

19歳の私はものすごく手術に怯えていたのですが、
医師から「手術をしなければ30歳までしか生きられない」と告げられ、手術をする決断をしました。

手術は人生のターニングポイントでした。とにかく自分の人生に対する考え方が変わりましたね。
肉体的なダメージはもちろんありましたが、命に関わる、心臓の手術をするという精神的な負担は計り知れないものでした。

幸いにも手術は成功しました。
もともと自由気ままにやってきたけれども、

「この先は拾った人生だ。これからはさらに前向きに、悔いの残らない人生にしていこう」 という思いが強くなりました。
それからは、「やらない後悔」をしないよう、行動するようになりましたね。

せっかく拾った人生に言い訳していてはいられない


大学卒業後は、東京で働きたいという気持ちがありました。
ただ、田舎の長男という宿命から、地元で働くということ、両親の側にいるということは、DNAに刷り込まれており、
地元での就職という選択を考えるようになりました。

もともと、人間の想定通りに行かない「生もの感」に惹かれ、教員になろうと考えていたのですが、
教師という職業とは縁がなく、県庁に就職することに。結果的には親も喜びましたが。

実際に県庁職員の仕事が始まり3ヶ月で思ったことは、このままだとまずいということでした。
時間がゆっくり流れる、ある種ぬるま湯のような状態だったんです。

最初こそ、任された仕事をやることでいっぱいいっぱいだったのですが、
仕事を進めるうちに、考えれば改善の余地がある部分が沢山あることに気づき、
恐れずに変えていくチャレンジをしてみたんですよね。

また、そういった環境に馴染んでしまわないためにも、常に刺激を求めていました。
具体的には異業種交流がしたい思い、
「得々クラブ」という、メンバーが得する情報を持ち寄り、徳のある人間になろうというコンセプトの勉強会を始めたんです。

ある時、その会で先輩から

「21世紀のアジアを引っ張っていくのはどこだと思う?」

という問いに、当然のように、

「それは中国でしょう!」

と答えたんですね。
そうすると、先輩から、

「なぜ日本・山梨といえない?評論家ならそれでいいが、お前は地域の主体者じゃないのか?」

と言われたんです。

その一言に本当にハッとさせられました。
県行政を担う職員の一人として、いかなる時も主体者でいなければ、と気づかされたんです。

それからは、さらに、仕事のやり方を変えていきました。
そうすると、仕事にスピードがでてきて県庁職員の仕事がどんどん面白くなっていったんです。

山梨を発信する


その後、広報と地域ブランディングを担当する課に移り、4年ずつ仕事を任されました。
その8年間で、山梨の人たちは皆、自分たちのことを、思っている以上に知らないんだということを感じましたね。
特産物であっても、それが生活の一部になりすぎていて、その価値に気づいていないんです。

そこで、山梨が世界に誇れるもの、例えば、ワイン、フルーツ、富士山等の有名なものを掛け合わせてツアーを組む、
トップ産業をさらに伸ばすという手法で、山梨を全国に、世界に発信していくという思いで仕事をしてきました。

こうした仕事を通じて、県としてできることが2つあることに気づきました。

「PRのお手伝い」と「信頼の付与」です。

地域に脈々と続いている産業を私たちが受け継ぎ、後世にきちんとつなげていくことが自分の仕事だ、
という責任感を感じて取り組みました。

みんな山梨のことが大好きなのですが、自分たちの中に世界に誇れる素晴らしいものがあるなんて気づいていないんです。
それをどんどん掘り起こして伝えて、大好きな山梨に貢献できることは自分にとっても本当に嬉しいことですね。

公務員という仕事


広報・ブランディングの仕事を経て、今年4月からは、山梨県内の医療現場に異動となりました。
正直、PR分野のスペシャリストになりたいという思いもあったので、 異動の辞令には公務員の運命を感じましたね。

でも、実際に新しい職場で働き始めると、これまで以上に、まさに現場という環境で、
即断即決やチームワークを求められます。とても新鮮で、毎日勉強の連続です。

公務員だからこそできる多様な経験に、今ではありがたさを感じますね。

そして、この異動をプライベートでも山梨をPRする機会ととらえました。

「自分を通じて伝わる山梨があれば」

という思いがあるんですよ。

海外を含めた他地域に負けないインパクトを持つ山梨の将来のためにも、
まだまだ知られていない魅力を発信することは、
個人としてもできるので、そのことは継続してやっていきたいですね。

2014.07.27

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