空っぽな自分と、向き合い続けました。

「日々を彩る音楽」をテーマに活動するシンガーソングライター、岩船さん。各地での路上ライブに加え、スガ・シカオのライブにてオープニングアクトを務めるなど、精力的に活動を広げています。「音楽をやりたいという気持ちだけで中身は空っぽだった」と振り返る学生時代から、音楽と、自分自身と向き合い続けた軌跡を伺いました。

岩船 ひろき

いわふね ひろき|シンガーソングライター
埼玉県さいたま市出身在住のシンガーソングライター。

公式HP
Twitter:@PuneIwafune

将来は、音楽でやっていこう


中学校はサッカー部に所属していました。

周りはみんな小学校のサッカーチームから始めていたのですが、
僕は中学生から始めたので、レギュラーになるために必死に練習していました。
とにかく毎日走っていた結果、足がどんどん早くなっていったんですよね。(笑)
3年になる頃には、高校からは陸上部で活躍しようと決めていました。

部活も引退し受験期を迎え、勉強に集中し始めた頃、「19(ジューク)」の曲を聴くようになったんです。
当時は既に解散した後でしたが、いい曲だなと思い、勉強の傍らよく聴いていました。

ところが、たまたまブックオフで19の「音楽」というアルバムを買ってから、
一気に印象が変わりました。とにかくそのアルバムがすごく刺さったんです。

言葉の選び方やメロディー感、表紙も含め、アルバムの世界観にとにかく惹かれたんですよ。
偶然手に取ったCDに、完全に魅了されていきました。

ちょうど受験を終えた頃、幼なじみがギターを買いに行くのに付いていったことがあったのですが、
音楽に関心を持ち始めていた僕も、それを見て翌日にすぐアコースティックギターを買いました。

「将来は歌を唄い、音楽でやっていこう」

まだ弾いたこともありませんでしたが、そんなことを感じたんですよね。

唄う喜びを強く感じたんです


そんな確信を持ったこともあり、高校では陸上でなく軽音の部活に入りました。
基本はコピーバンドだったのですが、自分のオリジナルがやってみたいという気持ちがあり、
先輩の後押しを受けて、高1の夏休みに初めて自分の曲を作ったんですよね。

夏休みの学校で、部活の先輩と、屋上につながる階段の踊り場で一緒に曲を作りました。
曲を作りたくてもどうすればいいのか分からなかったのが、
どんどん形になっていくのを実感して、すごく嬉しかったです。

そして、同じ踊り場に部活の仲間を集め、完成した曲を披露しました。
自分にとって、それが初めてのオリジナル曲の弾き語りでした。

その場の光景は今でも覚えています。
自分の歌を聴いた先輩が、涙を流していたんです。
唄った後、笑ったり泣いたりする周りの姿を見て、唄う喜びを強く感じたんですよ。
自分の出発点となる、15歳のことでした。

その後はラブソングを中心に曲を作り貯め、時折仲間内で披露していました。
授業中も歌詞を考えていて、音楽漬けの高校生活でした。

受験期を迎えると、最初は音楽の専門にいこうと思っていたのですが、
周りからあまり勧められなかったことや、先輩の影響、親に心配をかけないためにも、
大学進学を考えるようになりました。

音楽のためにも、色々な人の考えに触れた方がいいんじゃないか、という気持ちもあったんですよね。
部活を引退した後に自ら作った曲を見返したときに、
改めて聴いてみると、なんだかすごく空っぽだと感じたんです。

自分の中の思考だけでは、中身がないんじゃないかと感じたこともあり。
他の人の考えにたくさん触れられる、大学への進学を決めました。

音楽の「ネタ」


大学でも軽音サークルに入ったのですが、大学からバンドを始める人が中心のサークルで、
ここは自分の居場所でないと感じ、すぐに辞めてしまいました。

変わりに、学部の勉強の一環のスタディーツアーに積極的に参加し、
水俣病やハンセン病についてのお話を伺い、自分なりの考えを曲で表現したりしていました。
その取り組みを新聞に載せてもらったこともあり、当時は調子に乗っていましたね。

ゼミなど、学問の議論の場でも、音楽をやっていて、曲を作っていることを前面に出していました。
僕にとって、出会う人、見るものは、音楽を作るためのものだったんです。

ある時、所属していたゼミの教授から、一年間「音楽」という言葉を学問の場では封印してみようという提案を受けたんです。
音楽の「ネタ」として物事をとらえる僕に、警鐘を鳴らしてもらったんですよ。

当時の自分にとっては衝撃でした。
それをキッカケに、自分の個性は何なのか、見つめ直すようになったのですが、
一旦音楽を置いてしまうと、自分はやっぱりまだ中身がなかったんですよ。

それから、大学生活は、自分を見つめ直す期間になりました。
会った人や見たものから、自分が何を感じ、どんな記憶と紐づけるかを考え、
それを音楽にしていくようになっていったんです。

少しずつですが、表現の仕方も変わっていきました。

周りが就職活動を始めてからは、音楽をやると決めていた自分も多少焦りがあり、
自分も「音楽就活」をしようと、ライブハウスを回ったり、デモCDを作ったりと行動を起こし始めました。

ただ、正直、唄っていれば何とかなるだろうと思っていた部分はありましたね。

路上で積み重ねていった自信


卒業し音楽一本になり、自分で作品をゼロから作ることになり、自分が甘かったことに気付きました。
ライブハウスの方には「君が動かなきゃ何も始まらないからね」と言われ、
メンバーや音源、お金の管理まで全て行いました。

「音楽をやるのはすごいことなんだな」

と改めて感じましたね。

卒業した翌年、全部でCDを3枚発売し、初めてのツアーも組みました。
大きな赤字で、行きの電車賃しかないままライブに向かったこともあったし、
自分よりうまい人にもたくさん会い、辞めたいと思うことは何度もありました。

でも、ツアーをしながら見知らぬ地で路上ライブをしていく中で、
ふと足を止めてくれる方が少しずつ増えてきたんですよね。
そして、新潟で出場した音楽のコンテストで、グランプリを獲得できたんです。
大好きだった19の元プロデューサーの方が審査員を務めるコンテストということもあり、本当に嬉しかったです。

少しずつですが、一つ一つの活動が自信につながっていくのを感じました。

ただ、自分が作っている音楽には、まだ悩みがありました。
ラブソングを中心に曲を作り、ツアーを回っていたのですが、
自分が唄いたいのは本当にラブソングなのか、迷っていたんですよね。

日々を彩る音楽


そんな折、小さい頃から飼っていた愛犬が死んでしまったんです。
すごく可愛がっていたこともあり、悲しみの中、無意識下で小中学生の思い出を振り返りました。

そんな風に過去の思い出を振り返っていくうちに、自分が伝えたいことは、
自分の記憶に宿っていることに気付いたんです。

自分の記憶を振り返り、歌にしていくことで、自分の思いが伝えられるようになってきたんですよ。
大学からずっと自分と向き合うようになり、それがやっと音楽とつながった気がしました。
音楽は、目的でなくなりました。

将来は自分の歌を多くの人に届けるため、メジャーで勝負したいと考えています。
どこまで自分の歌が届くのか、勝負してみたいという気持ちはありますね。

今、僕が届けたいと持っているのは、「日々を彩る音楽」です。

誰しも、「自分に無いもの」や、「出来ないこと」には目がいくし、それを求めたがると思うんです。
でも、そうじゃなくて、今あるものや見えるものに幸せを感じるような歌を作りたいんですよ。

大学時代、やりたいことが見つからないと嘆く人が周りにたくさんいたし、
「どうせむりでしょ」という空気感もあるような気がしました。

でも、「できないこと」じゃなくて、「何ができるのか」や「何を見てきたのか」から、
自分のやりたいことって見つけていけるんじゃないかと思うんです。
その人の記憶に、ちゃんと宿っていると思うんですよ。

今の社会、誰かがやり続けないと、夢を追うこと自体、どんなことか分からなくなってしまう気がします。
だから、ずっと音楽を続けて、できるんだというのを見せたいんですよね。

大学の恩師の言葉に、「社会の雰囲気を作っているうちの一人が自分」というものがあるんです。

自分の音楽を通して、社会の雰囲気を変えていけたらと思うんですよね。

2014.04.22

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