「かわいそう」から「かわいい」へ。
世に知られていないものを、プロデュースする。

澤田 祥江さん/世の中に知られていないものを総合プロデュースする

はてぶ

報道やドキュメンタリーのテレビ番組制作に長年携わり、関心があるペット業界とのコラボレーションも積極的にプロデュースする澤田さん。一度はテレビ業界を離れた澤田さんが、どうして、再びテレビの世界に戻ってきたのか。そこにあるメディアに対する熱い想いを伺いました。

人生を変えた「いじめ」の恐怖

神奈川県川崎市で生まれました。渋谷の東急百貨店の一番上にあった東横ホールで、木馬座という劇団のぬいぐるみ芝居をよく見ていました。芝居をやってみたいと思いましたが、教育者の立場である厳しい父には言い出せませんでした。

活発で、男の子とも取っ組み合いの喧嘩をするような子どもだったのですが、中学2年生の時、いじめられるようになりました。いじめられていた子をかばったら、次の日から標的になってしまったんです。

私のそばから人がいなくなり、追い詰められ、学校には行きたくても、怖くて行けなくなりました。いじめという言葉が一般的でなかった時代ですから、転校したいと学校に話しても相手にしてもらえません。市役所に相談しても、いじめが大きくならないと学校は変えられないと言われました。自分がいらない存在に思えてきて、生きている意味や先のことが見えず、真っ暗なトンネルを永遠に歩きつづけるような心境でした。

そんな私の心を救ってくれたのは家族でした。弟は小学生ながらも私の話を聞いて、味方になって私を支えてくれましたし、父と母は一生懸命学校に掛け合ってくれました。私に対する深い愛情を感じました。そんな家族のためにもちゃんと生きようと思い、頑張れました。

半年ほどして、やっと転校が受け入れられました。転校先では、担任の先生もいじめられた経験がある人だったので私に理解を示してくれましたし、友達もたくさんできて、中学生活を再出発できました。

それでも、自分に自信がもてずに胃が痛くなり「胃潰瘍」で入退院を繰り返していたので、私立の高校に行っても続かず、通信制の学校に通いました。高校卒業の頃には自信を持てるようになり、大学生活は無事に送ることができました。

演劇業界からテレビの道に

シェアして応援