私は東京に生まれ、都内の中高に通って育ちました。小さい頃から人が好きだったこともあり、高校生になると、英語で外国人と会話をすることに関心を持つようになりました。特に外国人の友人がいたわけでも無いのですが、逆に日本語しか知らないことで、日本人としか話ができないことを不思議に感じていたんです。

そこで、高校と並行して個人経営の英会話スクールに通い、将来は留学をできたらいいなと考えていました。そして、高校3年の卒業前に念願叶って、オーストラリアに4週間ホームステイをすることになったんです。

それが初めての海外だったこともあり、新鮮なことばかりですごく楽しかったですね。幸いにもステイ先が様々な国籍の方が集まるシェアハウスのような場所だったので、全くしゃべれずに苦しみながらも、ずっとリビングに居座って色々な人と話をすることを続けました。

すると、最初はひたすら聴き続けるだけだったのが、最終的には色々な人と話ができるようになり、小旅行に一緒に行くまでになったんです。また、戦争や歴史など、日本にいる時は積極的に目を向けなかったようなことも話す機会があり、視野が広がっていく感覚がありました。

そんな背景もあり、1ヶ月の滞在を終える頃には、「また行きたいな」と強く感じられる成功体験となりました。しかし、母子家庭だったこともあり、金銭的に大学進学は検討せず、卒業後は就職をしようと考えていたため、一度働いてお金を貯めた上で、3年くらいで辞めて海外に留学しようと考えるようになりました。

周りの友人は大学進学者が多かったこともあり、自分の中で葛藤もありましたが、幸いにも、就職活動が売り手市場だったこともあり、学校に届いている求人の中から、輸出入業務があり、海外に携われるという理由で、株式会社リコーへの入社を決めました。正直、あまりやりたいことは明確でなかったので、海外に関わることだけを基準にしていましたね。

ところが、入社時に希望は伝えたものの、TOEICの点数等も踏まえ、入社後の配属は通常の高卒社員と同じ配属となりました。そこは、プリンターの事業部で予算系のとりまとめを行うバックオフィス機能の部署だったのですが、置かれた環境に順応していくタイプだったこともあり、そこで吸収して打ち込んでいこうという気持ちで業務に取り組んで行きました。