【2月8日開催】福田秀世 写真展・トークイベント“Vivi e lascia vivere.” -思うままに生きよ。自分は自分、人は人-
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イヤイヤ始めた旅館業が、人生最大の喜びに。
お客様の家族になって、こころでもてなす。

上塩 浩子さん/湯原温泉旅館「八景」女将

はてぶ

大自然に囲まれた岡山県の湯原温泉で旅館を営む上塩さん。突然父から旅館を任された時は辞めたくて仕方なかったそうです。それが、「自分の旅館」と感じるようになるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。お話を伺いました。

心に残る父の存在と先生の言葉

大阪市北区で生まれました。梅田で育ち、小学校3年の時に兵庫県の川西市に引っ越しました。父は、不動産会社を経営する豪快な人でした。一代で商売を成し、仕事が軌道に乗っている頃に私が生まれたんです。

教育方針は基本的に何でも厳しく、特にあいさつには厳しかったですね。勉強よりも「お客様へあいさつしろ」という人でした。絶対的な存在で気性も激しかったので、色々面倒くさかったですね。何を言っても聞いてもらえません。そんな父の影響もあり、小学校の頃までは控えめで、人前に出て意見を言うタイプではなかったんです。

そんな私が自分の意見を言うようになったのは、中学1年生の頃からでした。クラスで学級目標を作ることがあったんですが、その時、私の出した「でんでんむし」というテーマで決まったんです。「でんでんむし」の意味は「最初から大きなことを求めるよりも、動いていない様に見えても少しずつ動いていることが大事。ちょっとずつでも前を向いて進もう」ということでした。

これを先生がすごく褒めてくれて。「すごくいい考えを持っているから、その考え方や思いを大事にして生きなさい。自信を持って、自分の考えをはっきり発信した方がいいよ」と言われたんです。すごく嬉しかったし、自分の意見を伝えることって意味があるんだと思えました。

それ以来、好きなことや嫌いなことを主張するようになりました。すると、水泳部のマネージャーや生徒会などにチャレンジするチャンスが巡ってきたんです。

その後、地元で進学していき、大学生の時には、子どもたち向けのキャンプを運営する「キャンプリーダー会」に没頭しました。父が「明日のリーダーは今日作られる」というキャンプリーダー会のポリシーや参加している学生にいたく感動して、「リーダー会をやれ!」と私に言ったんです。

もちろん断ることなんてできません 。お金は大学を出てから一生関わってくるので、せめて大学4年間はお金のことを考えず人のために奉仕してほしい、という意図もあったようです。

このリーダー会はとても厳しかったんです。キャンパーズ・ファースト、つまり「キャンプに参加する子どもたちが一番」という意識を徹底して植え付けられました。例えば、参加する子どもたちに怪我などをさせないよう、グラウンドにある小さな石ころを一つひとつ拾い上げるような感じです。

スッピンのまま、汗水たらしてずっと動きっぱなし。メチャメチャしんどかったんですけど、頑張ったあとの気持ちよさや、みんなでやった達成感は最高でしたね。「忘己利他」の精神じゃないですけど、自分のことは捨てて目の前の人に尽くすという感覚が養われましたね。

旅館ごっこ