私は京都府福知山市に生まれ育ちました。両親ともに会社やお店を経営していて、それを見て育ったため、小さい頃から、将来は自分も会社を経営するんだろうなと考えていました。具体的なイメージがあるわけではないものの、逆に企業で働くイメージが持てなかったんです。

また、父が仕事の性質上、英語を使っていたことに影響を受け、高校生のタイミングで留学をしたり、大学も外国語に触れることの多い関西の私大に進学しました。

実際に大学に入ると、周りの友人で家庭教師のアルバイトをしている人が多かったのですが、その話を聞いているうちに、仕事の環境に違和感を抱くようになりました。例えば、家庭教師先を訪れる際は白い靴下必須など、実際の教師としてのパフォーマンスに関係の無い部分の非効率さに苦しんだり、指摘されることに萎縮して、能力を出し切れていないような印象もあったんです。また、親御さんからいただいているお金の半分以上が、運営をする大人に回っていくことにも疑問がありました。

そこで、「家庭教師をしたい人は多く、新興住宅地もあるのだから、自ら家庭教師を斡旋する学生ベンチャーを立ち上げよう」と決めたんです。

元々、親から「何か問題意識を持ったら自ら解決を試みなさい」と叩き込まれて育ったため、友人達が置かれたその課題に対し、何かできることはないかと考えての行動でした。正直、自分自身は課題に対しての創意工夫が得意な人間ではないというコンプレックスもありましたが、とにかくやってみようという気持ちでしたね。

そして、実際にファックスを利用して通信教育で家庭教師を行ってみたのですが、私自身も実際に教師として教える中で、直接生徒から前向きなフィードバックをもらえたことで、世の中の非効率を少し変えられたんじゃないかという手応えがあり、嬉しかったですね。

それからは、大学2年生に立ち上げたベンチャーの活動に力を注ぎつつ、3年生になり就職活動を迎えると、将来はそれまでの流れで自然と起業することを考えていました。しかし、親族全般にサラリーマンがいない偏った家系だったため、「世の中のほとんどの人がサラリーマンなので、それを知らずに起業するのは不利なんじゃないか」と考え、一度勉強のためにも就職をしようと考えるようになったんです。

そこで、就職活動を経て、業界として関心があり、私が持つ日本のサラリーマンのイメージに近かったNECに就職を決めました。ぼんやりとですが、その次に起業をしようというような感覚でした。