私は神奈川県で生まれました。小さな頃から負けず嫌いで、運動会などで負けると悔し泣きをしていました。性格は活発な方で、クラスでは中心にいることが多かったので、小学校5年生の時に父の仕事の都合でアメリカに引っ越すことになると、友達と離れるのが嫌だと駄々をこねていました。

実際、アメリカでは言葉が分からないのでコミュニケーションがうまくできなかったこともあってか、馬鹿にされたりからかわれたりするようになりました。そのため、授業中はいつも空を見上げながら「日本に帰りたい」と思っていましたね。幸い、隣に住んでいた家族の子どもが同じ位の年齢で、一緒に遊ぶうちに生活には慣れていき、昔から好きだった『プロゴルファー猿』『あした天気になあれ』というゴルフ漫画の影響でゴルフを始めてからは、それなりに楽しく生活していました。

ただ、中学3年生で日本に帰る時には「やっと帰れる」と嬉しい気持ちでいっぱいでした。そして日本に帰ってからは進学校の高校に進み、卒業後は早稲田大学理工学部に進むことになりました。

大学では競技ゴルフに熱中するも、一流プロ選手とは桁違いの実力差があることは明白で、プロ選手には到底なれないという感覚がありました。また、大学で学んでいた金属工学はついていけないと思い、卒業後は大学院には進学せず就職すると決めていました。

そして就職活動を迎え、改めて将来何をしたいのか考えてみると、「情報の発信基地になりたい」という思いが湧いてきました。子供の頃、まだ流行していなかったラジコンを学校で始めると、次々に友達も始めた経験がありました。この時、自分が人気者になること以上に、流行の導火線になることで周りが楽しんでくれるのが嬉しかったんです。

そこで、多くの人に情報を伝えられるマスコミ業界に興味を持ち始め、いくつかの企業を見ていく中で、最終的には縁のあった出版社の小学館に入ることに決めました。