愛媛県の東温市で生まれ、中学卒業まで暮らしました。両親は共働きで忙しくしていましたが、近所に料理の得意な叔母が住んでいました。その叔母が手際よく料理をする姿に憧れ、料理に興味を持ちました。6歳くらいの頃、自分のお小遣いを貯めてキッチンスケールを買ったのをよく覚えています。

祖母の家に預けられることが多かったのですが、祖母は「女の子は何でもせないかん」と言って、料理はもちろん、掃除、裁縫まで、私にいろんなことを教えてくれました。

小さい頃から私は何かにつけて実験が好きな子供だったので、そんな生活の中でも、お風呂のお湯の貯め方で独自の実験をしてみたり、夢の中で見た料理を実際に作れるかどうか実験したりして、一人楽しんでいました。そこにあるものに対し、自分が手を加えればどうなるか、何ができ上がるか、そんなことが楽しかったんです。

料理に限らず、創作活動全般が好きでした。母は保育士だったので、画用紙が家にたくさんあって、それでよく工作をしていました。また、父は現代アートの作家のアシスタントをしていたので、アトリエにお邪魔して、アーティストの皆さんと遊んでもらったりしました。BS放送でやっていた、おじさんがずっと油絵を描いている番組なんかも、一日中観ていたりしましたね。アート、創作といったものが、いつも身近に感じられる環境で育ったんです。小学校の高学年の時には、祖母から教わった裁縫の技術を生かして、オリジナルブランドの洋服や小物を作り、フリーマーケットで売ったりもしました。

中学時代も、美術部の部長をしながら創作活動に勤しんでいたのですが、この頃よく考えていたのが「アンデス山脈に行きたいな」ということ。あの独特な色合わせや素材の使い方、独自の美意識が、なぜその地から生まれるんだろう、ということに思いを馳せていたんですね。

目に見える色や形、そのルーツの部分までアート全般に興味があったので、将来はアート系の仕事に就きたい、と思っていました。ですが、父の仕事の関係上、そうした仕事の厳しさを目の当たりにしていましたので、親から「別の道を選びなさい」と諭されました。