「子供」と「食」と「アート」を融合。おいしい実験で、人をつくり、平和をつくる。

小さい頃から「実験」が好きだった高本さん。一時は海洋生態学者を志すも、自分自身を深く知っていく中で、夢はだんだんと変化していきます。いったいどのような流れで、現在の会社を興すに至ったのか、お話を伺いました。

高本 絢子

たかもと あやこ|子供×食×アート事業の運営
「やさいのじっけんばこ」事業などを運営する、ムクー株式会社の代表取締役を務める。

「食」と「アート」に囲まれて


愛媛県の東温市で生まれ、中学卒業まで暮らしました。両親は共働きで忙しくしていましたが、近所に料理の得意な叔母が住んでいました。その叔母が手際よく料理をする姿に憧れ、料理に興味を持ちました。6歳くらいの頃、自分のお小遣いを貯めてキッチンスケールを買ったのをよく覚えています。

祖母の家に預けられることが多かったのですが、祖母は「女の子は何でもせないかん」と言って、料理はもちろん、掃除、裁縫まで、私にいろんなことを教えてくれました。

小さい頃から私は何かにつけて実験が好きな子供だったので、そんな生活の中でも、お風呂のお湯の貯め方で独自の実験をしてみたり、夢の中で見た料理を実際に作れるかどうか実験したりして、一人楽しんでいました。そこにあるものに対し、自分が手を加えればどうなるか、何ができ上がるか、そんなことが楽しかったんです。

料理に限らず、創作活動全般が好きでした。母は保育士だったので、画用紙が家にたくさんあって、それでよく工作をしていました。また、父は現代アートの作家のアシスタントをしていたので、アトリエにお邪魔して、アーティストの皆さんと遊んでもらったりしました。BS放送でやっていた、おじさんがずっと油絵を描いている番組なんかも、一日中観ていたりしましたね。アート、創作といったものが、いつも身近に感じられる環境で育ったんです。小学校の高学年の時には、祖母から教わった裁縫の技術を生かして、オリジナルブランドの洋服や小物を作り、フリーマーケットで売ったりもしました。

中学時代も、美術部の部長をしながら創作活動に勤しんでいたのですが、この頃よく考えていたのが「アンデス山脈に行きたいな」ということ。あの独特な色合わせや素材の使い方、独自の美意識が、なぜその地から生まれるんだろう、ということに思いを馳せていたんですね。

目に見える色や形、そのルーツの部分までアート全般に興味があったので、将来はアート系の仕事に就きたい、と思っていました。ですが、父の仕事の関係上、そうした仕事の厳しさを目の当たりにしていましたので、親から「別の道を選びなさい」と諭されました。

『沈黙の春』との出会い


高校には始め、行こうと思っていませんでした。学校と家庭での攻撃対象として批判や抑圧を受ける生活が続いていて、その環境で自分が生きるための戦略として、感情を放棄し、痛みに鈍感になる選択をしていたように思います。

ですから、自分を教育するのは学校や家庭ではなく、自分自身だ、という意識を持っていました。それに、それまでずっと、耐えて身を保つことで精いっぱいだったので、正直、進学のことを考える気力はありませんでした。

そんな時、母が、関西のとある高校を私に教えてくれました。と同時に、その高校専門の塾に、私を送り込みました。行ってみるとそこにはとても情熱的な先生がいて、私のやる気を引き出してくれました。私は初めて努力を前向きにとらえて、挑戦する楽しさを覚えました。結果、高校受験の勉強をしながら、いつの間にか、高校2年生の勉強までこの塾で済ませてしまいました。

晴れて関西の高校に行くことになるのですが、家庭に課題を残して家から出る罪悪感を抱えていました。高校では合気道部に入り、全国大会にも出ました。合気道部や寮・クラスの仲間、先生たち、家族のような温かな人間関係に恵まれて、感情も生きる意欲も取り戻した気がします。

私の運命を変えたとも言える、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」を読んだのは、高校2年生の時。これは地球の環境汚染を訴えた小説なんですが、内容としては理系の話です。けれど表現の力でいろんな人たちにちゃんと理解できる内容で物語が綴られていることに、私は非常に感銘を受けました。

そして彼女と同じような研究活動をすることに憧れを抱くようになり、海洋生態学者を目指すことに決めました。寮生活の中で人間関係にも少し疲弊していたため、余計に自然や海といったものに、心が惹かれた部分もあるかも知れません。文系でしたが、高校2年の春休みに理系の勉強をして、理系のクラスに移りました。自分の興味ある領域を自分で学び深めること、一度決めたら突き進む頑固さは、この頃から変わっていないようです。

日々自分は何を考えて生きているか?


大学へ入ると、すぐに海洋生態学の研究室のドアをノックし、アシスタントをさせてもらいました。そこでは、サンゴ礁生態系の研究や、大気中の微粒物質が海中の植物プランクトンに与える影響の研究をしました。

自分で進んでやり始めたことなので、そうした研究はもちろん嫌いではなかったのですが、私が感じていたのは、もっと自分がやったことのインパクトが分かりやすく、スピード感のあることがやりたいな、ということでした。それに、ただ自分の興味のあることだけをひたすら研究し続けることに対して、少しずつ疑問を感じるようになってきました。

大学2年生の春休みに、運良く、イギリスのコンサルティングファームでインターンをする機会を得ました。私はこれを、この先自分が就職するか大学院進学を目指すかの、試金石として捉えました。

インターン中に社会人向けのワークショップに毎週参加する中で、短い周期で仕事と学習の往復をすることで、知識が知恵に昇華する感覚を得ました。大学院へ進学して研究を続けても、時間やお金の感覚が学生のまま学び続けることになってしまう。同じ時間をかけるなら就職して学ぶことのほうが、価値が高いと判断して、進学ではなく就職することに決めました。

国際問題を研究するサークル活動の一環として、大学1年の冬にニューヨークの国連本部へ研修に行く機会がありました。そこで「平和の文化」という思想に触れることができたのは、私の人生にとって非常に重要な経験となりました。「平和の文化」とは、平和維持のハード面ではなくソフト面に焦点を当て、個人とコミュニティーに平和維持の新しい文化を構築する重要性を説いたものです。当時の国連事務次長から直接「平和の文化の推進をあなたたちに託したい」との言葉をいただき、身の引き締まる思いがしました。

その後も、就職先として自分がやりたいことは何かを、人に相談しながら考えていましたが、強烈にやりたいことはなかなか出てきませんでした。3年生の夏までには自分の中に軸を決めようと思っていたので、そのきっかけにもなるかと思い、3年の夏休みに貧困状態にあると言われる国々にバックパッカーで旅をしました。

行く前には、そういった国や地域に住む人々に対し、質問してみたいことがたくさんありました。しかし、いざ人々を目の前にすると、質問は言葉にならず、全て自分に返ってきました。「日本に生きている自分は、日々、何を考えて生きているのか」など、自らが真摯に答えを模索してもいないことを問うことはできませんでした。

彼らにとって私は、第三者でしかありません。それに、本質的な課題解決は、課題を抱える当人にしかできないことだと感じました。第三者がアプローチすべきは、外枠の部分、構造的な部分なのではないかと感じたんです。

であれば、私は、第三者として課題解決に関わるためのスキルや経験を積み、後に事業化する可能性を想定して資金作りや人脈形成をしやすい環境で最初のキャリアを形成しようと考えました。そうすると、自分の進路として、コンサルティング業というものが進むべき道として浮上してきました。

自分自身を「深掘り」して分かったこと


第一志望だった外資系のコンサルティングファームに入りました。金融とかシステムとかにはあまり興味はなかったのですが、仮説を立て、必要な情報を調査・検証し、プレゼンテーションし、ディスカッションをするという過程は、海洋研究や平和研究にも似た部分が多くありました。楽しく仕事ができたのは、自分が面白いと思うポイントがそれまで私がやってきたこととほぼ同じだったからです。

入社時から、ここでは5年ほど働くつもりでした。5年ほどやって、自分のやりたいテーマの事業が見つかっていたらそれをやろうと思っていましたし、もしそれをやるに当たって、他にも経験すべき仕事があるなら、そっちに転職しようと思っていたんです。

結局、自分がやりたいテーマは、5年では見つかりませんでした。しかしちょうど5年が経とうとする頃、私は潰瘍性大腸炎という難病の診断を受けました。食事制限も厳しく、健康でおいしく食事ができることの幸せを痛感しました。このタイミングでいったん休職させてもらい、治療をしながら、知人の興していた事業を少し手伝わせてもらうことにしました。

ですが、そこでは、やっぱり自分の思い入れのあるテーマでなければエネルギーを注げない、ということを改めて認識しました。その後、難病ではなく類似する他の病気だったことも分かり、無事に完治して、また会社に戻りました。

その後も、自分自身の興味の「深堀り」を続けていました。その中で確信したのは、私は、世の中にあるサービスをどう使うかというところに頭を使うよりも、自分の手で世の中にないものを作り出していくほうが圧倒的に好きだ、とうこと。それは、絵を描いたり、料理を作ったり、文章を描いたり、手仕事感のあること。

でもそれを仕事にするためには、誰に向けて行うものなのか、対象を決めなきゃいけません。その対象が見つからず、ずっと足踏みをしていました。

ある時、縁あって、幼稚園を作りたいと考えている、子供を大好きな人に出会ったんです。その人に触発され、私は「これだ!」と思いました。それまで子供に対して思い入れはなかったのですが、「子供を対象にするって、めちゃくちゃ面白いな」と、その人に気付かせてもらったんです。「子供」向けに、自分の好きな「食」と「アート」を組合わせた仕事を作っていきたい、との想いが強くなり、対象が決まると一気にやりたいことが具体化していきました。それまでのキャリアとは全く畑違いでしたので、早く新しい領域にシフトして、構想を具現化していきたいと思い、退職を決意しました。

その後、フレンチのキッチンで修行を始め、「おままごとビストロ」という完全予約制で知人を招くお店ごっこを始めました。来る人に合わせたストーリー性のあるコース料理を組み立てて、時に絵本まで制作し、絵本のストーリーと前菜からデザートまでが融合したスペシャルディナーを用意したりしました。2ヶ月で60組ほどをおもてなしする盛況企画となりました。

その頃の食べもの×絵本シリーズが発展し、絵本実作塾という講座で3ヶ月間プロの絵本編集者の先生にレビューを受ける機会を得、講座終了後にはオンライン上の媒体で親子向けに野菜の短編絵本を連載する機会をいただきました。この間にも並行して、保育園での子供との交流や、生産者さんとのパイプ作り、小学校での味覚の授業の担当等、構想実現に向けた準備が整ってきました。

こうした流れから事業もできあがり、思い切って会社を立ち上げることに決めました。

子供の無限の可能性を信じて


こうして、「子供」と「食」と「アート」という、私の大好きな3つの要素を取り込んだ、食育実験キット「やさいのじっけんばこ」、ならびに「MUCOO(ムクー)」という会社が生まれました。社名は、純粋無垢の「ムク」と、「ムクムク」と湧き上がる好奇心、成長する子供の姿をイメージして付けました。私がここでやろうとしているのは「実験を中心にした人づくり」です。

実験とは観察して、仮説を立てて、検証するということ。それを分かりやすい形でコンテンツ化したものが、第一弾の食育実験キット「やさいのじっけんばこ」です。これは旬の野菜を使って実験に取り組むというものなんですが、たとえば、4月は菜の花、5月はレタス、6月は空豆といった感じに、その月を代表する野菜を取り上げます。5月のレタスに関して言えば、レタスって、芯を切ると白い乳液みたいなのが出てくるんです。それを舐めてみたり、時間経過によって変化していく切り口の色を見たり、それぞれ五感を刺激する実験を行います。

たとえば、小さい頃に芋掘りをした記憶って、大人になってもずっと、五感を刺激する記憶として鮮明に残っているじゃないですか。私が「やさいのじっけんばこ」で提供したいのは、まさにそういう感覚です。

私は「食」を入り口にして、そこから、いろんな学問が有機的に繋がっているという世界観を、全部表現してみたいと思っています。「学ぶ」ということは、自分の人生や生活と切り離されたものじゃなくて、自分の人生を創造していくために必要なもの。自分の生活の地盤は、いろんな繋がりとか、歴史の蓄積の上にあるんだということを、たくさんの子供たちに知ってもらいたいんです。

子供のエネルギー量って、ものすごいです。そこに秘められている可能性とかポテンシャルっていうものに、私は無条件に惹かれます。

説明書等の冊子の中に絵本が入っているのは、親から直接何かを聞いたり教わったりする間口として、やはり絵本という形が入りやすいからです。このキットを、家族の中のコミュニケーションを生むツールとしても、ぜひ利用して欲しいと思っています。もちろん内容的に、大人にも有用な情報がたくさん入っています。

私の生み出すコンテンツは商品であると同時に、私の作品でもあるんです。これら作品群がいつの日か、新しいタイプの学問の形として体系づけられれば、という希望も抱いています。ですので、ずっと作家活動をしていきたいです。こうした作品をツールとして用いながら、教育という分野にもずっと関わっていきたいと思っています。

「子供」と「食」と「アート」に関しては、私はいくら追究しても飽きるということがありません。この3つを融合させた事業で、自らの個性と独創性を発揮する、それが必ずこの世界に「平和の文化」を作っていくための一助になると、私は信じています。

2016.07.13

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