長崎県島原市で生まれました。小学校から高校までは水泳、ソフトボール、テニスとスポーツ大好きで、本当に真っ黒に焼けていました。活発で負けず嫌いな性格でしたね。

高校生の時、音楽が好きになりバンドを始め、仲間の影響でラジオを聴くようになりました。投稿したハガキが読まれることを楽しみに、毎回カセットで録音していました。試験勉強をしながら深夜番組を良く聴いていましたね。

ラジオには映像がなく、語りと効果音だけで物事を伝えられるところがすごく面白いと思いました。自分もこんな風にいろいろな物事を表現できるようになりたいと思い、ラジオパーソナリティーに憧れるように。聴いていたラジオ局によると、ラジオパーソナリティーになるためには短大卒以上が条件でした。私はその条件を満たす短大卒業の資格をとるために、高校卒業後は進学を選びました。

両親は進路に反対しましたが、言い出したら聞かない私は、学費に加え生活費を自力で稼いで通うことにしました。まず、知人の紹介を受け司法書士事務所で働きました。仕事は楽しかったのですが、その収入だけではとても生活できず、平日は夜遅くまでコールセンターやファーストフード店のバイト、土日には結婚式の司会と、仕事をいくつも掛け持ちしていました。

そんな時、突然右手に力が入らなくなり、更にペンが持てなくなりました。お箸も使えなくなり、これはおかしいと思って病院に行くと、検査をしたほうが良いと言われて入院しました。

詳しい病名や原因がわからないまま、症状は悪化していきました。やがて右手が全く動かなくなり、握力はとうとうゼロに。腕を上げると脈が打たなくなり「もう、このまま右手がダメになるかもしれない」と覚悟しました。

何度か入退院を繰り返す中で、歩くのも困難になり大学病院で検査。その結果、胸郭出口症候群とヘルニアになっていると判明しました。手術が決定し、第一肋骨を切除しました。

6カ月程の入院生活とリハビリで落ち込んでいる時に、友人がナポレオン・ヒルの『成功哲学』という本を贈ってくれました。読んでみて、前向きな思考に大きな影響を受け、もしこのまま右手が使えなくなっても、左手がある。基本的なことはすべて左手でできるようになろうと思いました。

そこで退院後、情報科学の専門学校に入学し、経理とワープロを学びました。ワープロなら右手が使えなくても、左手でカバーできると考えて、様々な資格を取得しました。