背中を押してくれた「鉄道」に、恩返しを始めます。

鉄道ファン向けwebサービス「駅コレ」を運営する炭谷さん。熱狂的なユーザーの支持を受け、世界一の鉄道ファンサービスを目指す背景には、ご自身の背中を押してくれた人への「恩返し」の思いがありました。

炭谷 大輔

すみたに だいすけ|鉄道ファン向けwebサービス運営
鉄道ファン向けwebサービス「駅コレ」を運営する電波の杜の代表取締役を務める。

株式会社電波の杜
鉄道ファンのマニアックな知識を集約するアプリ「駅コレ」

家出、新聞配達、ニート


小さい頃から、遊ぶより遊ばせるのが好きでした。
自分の考えたことで人を驚かせるのが好きで、変わったことばかりしていましたね。

ただ、親が厳しかったこともあり、「楽しいのは家の外」という感じでした。
勉強もスポーツも一番になれ、というような感じで、高校に入る頃にはやや鬱屈していました。

中学高校と学校はとにかく恵まれて、先生もクラスも本当に良かったです。
嫌だったのは、家だけでした。
高校を卒業する頃には、大学に行くよりも先に家を出たいと思い、
「計画的家出」を遂行しました。

進学校で周りが大学に進む中、私は新聞配達の奨学生になったんです。
本来は進学前提の制度なのですが、家を出て住み込みで働くことを目的にしていた私は、
当然勉強などしませんでした。

新聞配達として一年間働いて、上達したのはバイクの腕だけという状況でしたが、
このまま新聞屋として働こうかなと思っていたんです。
ところが、当時の店長や主任から、

「お前は一度家に帰り、ちゃんと勉強して大学に行け」

と言われたんですよ。
もちろん、私のことを考えての言葉でした。
寂しかったですが、今考えるとすごくありがたいことでした。

ところが、家に戻ってからは、ニートの先駆けのような状況になっていました。
一年間本当に何もせず、上達したバイクで地元湘南をフラフラしていたんですよね。

そうこうしているうちに、20歳を迎えました。
気付いたら10代が終わったことに焦りを覚えたんですよ。
なんだか、20という数字に震えました。

そこで、2年以上遠ざかった勉強を再開することに決めたんです。

面白いことを、マイペースに


実家に戻り、今さら親に予備校の費用は出してもらえないので、独学で必死に努力し早稲田大学に入学しました。

正直、興味のない学部だったのですが、やはりここでも教授に恵まれ、
授業は本当に楽しむことができたんです。
サークルは「東京アナーキー探索会」という非常にマニアックな団体に入り、廃墟や暗渠、路地裏を巡る活動をしていましたね。

また、大学2年からは、当時普及したばかりのPHSの素晴らしさに心を打たれ、
その魅力を伝えるホームページ「電波の杜」の運営を始めたんです。

マニアックなサイトではありましたが、掲示板には常連さんもでき、PHSについて語り合っていました。
当時、初めて機種変更したときに端末が手元に残ったことが面白いと感動し、
PHSをコレクションし始め、気付けば200個も集めていたんです。

卒業後は、「電波の杜」の掲示板の常連さんの紹介で、携帯電話のコンテンツを作る会社で働かせてもらうことになりました。
ここでもまた環境に恵まれ、雰囲気もすごくいい職場で働かせてもらうことができたんです。
技術的にも、PHPを学んだことで色々できるようになり、
会社から帰ると、家で「電波の杜」を徹夜で更新するということを繰り返していました。

そうやって楽しく働いていた頃、2003年にWILLCOMから「位置情報」が一般公開され、
携帯電話で利用できるようになったんです。
今いる場所が、手元の携帯に表示されるのを初めて見た時、これを使わない手はないと感じました。
本当にワクワクしましたね。

それから、いわゆる「位置ゲー」(位置情報を生かしたゲーム)を、家に帰って徹夜で作るようになりました。

これならビジネスになるかもしれない


作り始めた頃ははまだ黎明期だったこともあり、「位置ゲー」を作っている会社もほとんどない状況でしたが、
2008年頃、急激なブームが訪れたんです。

ちょうどそのとき実験的に作っていた、GPSの位置情報機能を使い、
全国の駅を集めるスタンプラリーのゲーム「駅コレ」がヒットしたんですよ。

自分自身、大学時代から「乗り鉄」で、建築物としての駅も好きだったのですが、
駅や鉄道であれば、同じように好きな人もたくさんいるかもしれないと思ったんですよね。

なんとかそのノウハウを会社で生かしたいと思ったのですが、
当時、会社が合併を繰り返し、組織が大きくなっていたこともあり、なかなか難しかったんです。

でも、今動かないでこのチャンスを逃したら、すごく後悔すると思いました。
やりたい気持ちはあるのに、迷っている状況が続きました。

ある時、そんな気持ちを払拭するため、そのゲームと実際の駅や鉄道がコラボレーションできたら面白いのではないかと考え、
鉄道会社の方に提案してみようと考えたことがありました。

色々探すうちに、なんと、茨城県のひたちなか海浜鉄道の社長と直接お話する機会をいただき、
イベントを開催させていただくことができたんです。

会社勤めをしながら、半ば思いつきでご提案したのにも関わらず、
協力をしてもらうことができ、すごくありがたかったのを覚えています。

そのときに、「もしかしたら、これでビジネスになるかもしれない」と感じたんですよね。
それが、私が独立した決め手でした。

「鉄道」への恩返し


独立したのはいいものの、明確な見通しが立っていなかったので、立ち上げてからはかなり苦労しました。
市場的にも「位置ゲー」のブームが下降していき、
「面白いけど、お金にならない」という現象が起こり始めていたんです。

そして、事業にもがく中、東日本大震災が起こりました。

当時、位置情報を扱うゲームは、私も含めてですがビジネスとしても、
「人が移動することで地域活性化につながります」というスローガンを掲げていることが多かったのですが、
被災地の状況を見た時、そのスローガンが粉砕された気がしたんですよね。

あまりの被害の大きさに、

「ゲームで地域活性化なんて、気軽に言えないじゃん」

と思ったんです。

なにより、私に独立するキッカケをくれたひたちなか海浜鉄道が、
震災で大きなダメージを受けていたんです。
私にとって、すごく思い入れのある鉄道だったので、
なんとかして「鉄道」に恩返ししたい、そう思うようになったんですよ。

ビジネスとしても「位置ゲー」だけでは厳しくなってきたこともあり、
方向転換の必要性を強く感じ始めました。

鉄道ファンサービス世界一へ


方向性を模索していた頃、サムライインキュベートの榊原さんに出会いました。
たまたまお話しする機会をいただき、自分の悩みを相談したところ、

「ちゃんと、鉄道に集中したらいいじゃん」

と言われたんです。
それは、今まで自分が作ってきた実績を手放すことを意味していました。
正直、最初はすごく違和感がありました。

でも、鉄道会社さんに恩返しするためには、シンプルに鉄道に特化したものを作る方がよかったんですよ。

どうしても自分が好きなものばかりに目が向きがちだったんですが、
「恩返し」のために、求められているものにシフトすることを決めました。

方向性が決まってからは、それに全力投球するだけでした。
とにかく今は鉄道にとことん振り切れようと思っています。

直近では、鉄道ファンのマニアックな知識を集約するアプリのリリースを控えています。

一口に鉄道ファンと言っても、撮り鉄、乗り鉄、車両鉄、模型鉄、駅鉄、ママ鉄に子鉄・・・等、
色々なジャンルがあるんです。

そんな多岐にわたる鉄道ファンの、あらゆるジャンルをサポートするサービスを展開する予定です。

まずは鉄道ファンサービス日本一、そして世界一を本気で目指します。

学生の頃は、まさか自分が起業するなんて思ってもみなかったですが、
面白いと思ったことをやり続け、色々な人に機会を頂いた結果、今があると思っています。

自分らしく、面白い恩返しができたらいいなと思います。

2014.04.08

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