【2月8日開催】福田秀世 写真展・トークイベント“Vivi e lascia vivere.” -思うままに生きよ。自分は自分、人は人-
  1. >
  2. >

世界中の人を幸せにする。
研究者を超えた実践者としての取り組み。

前野 隆司さん/世界中の人々の幸福と平和に貢献する

はてぶ

慶応義塾大学で「幸福学」を研究する前野さん。研究の範囲は、理工学から心理学、社会学、哲学まで、様々な分野にまたがり、全ての研究は、「世界中の人の幸せと平和に貢献するため」と話します。工学部を卒業し、エンジニアとしてのキャリアを歩んだ前野さんが、なぜ研究者に転身し、「幸福学」の研究を始めたのか。お話を伺いました。

人の心に興味がある子ども

山口県に生まれ、広島県で育ちました。活発な性格ではなく、運動よりも喋っているのが好きでした。

変に大人びていて、友達が話題にしているテレビ番組などには興味がありませんでした。それよりも、「自分とはなんだろう。世界とはなんだろう。宇宙とはなんだろう」といった、抽象的なことを考えるのが好きで、本を読み漁っていました。

心の研究をする哲学者、絵を描くのが好きだったので画家、「資源が少ない日本を豊かにするには、科学技術が必要だ」と聞いていたのでエンジニア、と将来なりたいものはいくつかありました。

画家になっても、成功するのはほんの一握りの人だけ。エンジニアだったら大抵の人が食べてはいける。画家で成功する自信はありませんでしたし、文系科目より理系科目が得意だったこともあり、画家や哲学者の夢は諦め、大学は工学部に進みました。

しかし、入ってみると、工学部の勉強は面白いと感じられませんでした。最低限授業に出るだけで、美術部の部室で絵を描いてばかりいました。

ところが、4年生になって卒業論文を書き始めると、工学の楽しさに気づきました。それまでのように理論や方程式を覚えるのではなく、理論を駆使して創造的にシステム全体の設計をするのが得意だったんです。

卒業論文は4ヶ月ほどで出来上がりました。論文にまとめて投稿したところ一流の論文誌に掲載され、翌年東京大学の講義で使われました。「工学の研究って楽しいんだ」と感じ、大学卒業後は、研究を続けるために大学院に進学しました。

2年間で修士課程を終えた後は、カメラ・事務機器製造メーカーに就職しました。博士課程に進み研究者になることも視野に入れていましたが、大学の世界に対して「閉ざされている」印象があり、魅力を感じられず、外に出ることにしたのです。

企業エンジニアから研究者の道に