ヴァイオリンを始めたのは5歳で、ピアノの先生をしていた母の影響でした。

後から聞いた話では、母自身の経験から、持ち歩ける楽器をさせたかったからヴァイオリンだったそうです。
僕はと言えば、3歳から野球をしていたので、どちらかというとスポーツをしたかったのですが、
母親が怖くて練習するような感じでしたね。

ただ、練習するうちに自分の気持ちも伴うようになっていき、
小学5年生の時の文集には、「将来はヴァイオリニストになり、音楽で人の力になりたい」と書いていました。

中学からはヴァイオリンに専念するために、親の勧めもあり、私立の学校に入学しました。
ところが、入学してからは野球や仲間との遊びに打ち込んでしまい、
当初の想定や親の期待とは真逆の方向に向かっていったんです。

毎日仲間とつるんでやんちゃをして、その上とにかく喧嘩ばかりで、
ヴァイオリンをやっているのに、拳が血だらけという状況でした。(笑)
生徒会長や応援団長も務め、充実した学生生活でしたね。

ところが、高校に上がる時に、自分の進路に悩んでしまったんです。
音楽と野球、どちらの道を目指そうか迷ったんですよ。

幼い頃から、自分は何かのプロにならなければいけないと思っていました。
だからこそ、高校からは、自分のやりたいこと・才能があることに全力を注ぎ、
何かに専門的に打ち込みたいと考えていたんです。

中高一貫の学校のエスカレーター進学を控え、悩んだ僕が選択したのは、
学校を辞め、一年間考えることでした。
そうやって、15歳の浪人生活が始まりました。

自分への不安はもちろんですが、仲間と離れるのはとにかく嫌でした。
周りは高校の楽しい時期で、自分だけ青春から取り残されているような感覚だったんですよね。
朝起きたら家で一人、ヴァイオリンの練習や音楽の勉強をして、
野球練習のために、ソフトボールチームの練習にも参加しました。
なんというか、自分の居場所がないような辛さがありました。

でも、自分と向き合う時間が一年あったことは、本当に良かったと思っています。

結局、受験まで音楽と野球を並行し、音大の付属校と野球の強豪校を両方志望した結果、僕が選んだのは音楽の道でした。
先に受けた音大の付属に合格したことで、自分の居場所が見つかったような安心があったのかもしれません。

結局野球で志望した学校は受験しないことに決めたのですが、
奇しくも、僕が2年のときに、甲子園に行ったんですよね。

自分にとって一つの大きな岐路でした。