東京都杉並区の荻窪で生まれて、3歳のときに神奈川県横須賀市に引っ越しました。父が情報サービスを提供する大手企業の技術者だったので、家にはパソコンや黒電話をネットワークに繋ぐ機械といった普通の家にはないような機器があって、小学生くらいからそういった機器で遊んでいました。父の影響もあって、コンピューター関係の仕事につくんだろうと漠然と思っていました。

その頃から、授業がつまらないと感じてあまり真面目に聞いていませんでした。それで内申が悪くて、私立の高校に行くことに。予備校みたいな高校で、クラスが成績順に分けられていました。高校の授業は中学のようにつまらなくなかったので真面目に聞いていたら、上の方のクラスに上がっていきました。上のクラスは偏差値重視で、授業で東大の受験対策をやってくれたので、そのまま東大を受験し、合格することができました。

工学系に進むつもりだったので、理系の学部を選べる理科1類に入りました。しかし、学ぶうちにソフトウェアをやっていくのがしんどそうだと感じるように。当時は違法コピーしたソフトをみんなが使っているような時代で、ソフトウェアはタダという感覚が強かったんです。そうやってどんどん複製されてしまうものって価値がゼロに近づいていくんじゃないかと思いました。すぐに複製が出てくる中で勝負するには常に最先端を追い続ける必要があり、続けていくのは厳しいだろうなと思ったんです。

ソフトウェアとは逆に、もの自体に価値があって常に人々が必要としているものはなんだろうと考えたら、それは食べ物だと思ったのです。食べ物は生きる上で欠かせないうえに、食べたらなくなるわけだから常に必要とされ続けると。そこで、2年の進学振り分けの時、大きく方向転換して農学部水産学科を選びました。

戦って勝てる環境を選ぶことが大事だと思っていたので、勝負するなら食べ物だなと考えました。中でも、農業は面積が小さい日本が不利なのに対して、漁業は広い良い漁場を持っているから有利だろうと思って水産を選んだんです。海での実習があって楽しそう、単位の取得が楽そうというのも選択理由でした。

それまであまり生き物のことを勉強してこなかったので、農学部に進んだらすべてが新鮮で楽しかったです。生き物がどうやってエネルギーを得るかなどのメカニズムがきれいに説明されていて、面白いな、こんな世界があったんだなって。

それでも、研究者になろうとは考えていませんでした。なんとなくサラリーマンになるんだろうなと思って、企業でインターンを始めることに。しかしやってみると、与えられた仕事をこなすことが苦痛で、やることを自分で決められないのがすごく嫌なんだと気がつきました。サラリーマンに向いていないと思いましたね。

そのため、大学ならまだ自由かなと思って進学することにしました。研究分野には資源解析を選びました。農学部は理系の中では数字に弱い人が多かったため、もともと工学部志望で数学的なことをずっとやってきた僕は、数字で勝負するところに行けば勝てるだろうと考えたんです。それで、漁獲データなどの限られた情報から、魚の資源量を推測してどうすればとりすぎのリスクを回避できるかなどを分析する、資源解析を選択しました。