私は、北海道の三笠市という街に生まれ育ちました。
小さい頃に、家の車庫につけてもらったバスケゴールで兄と遊び始めたのをきっかけに、
学生時代はひたすらバスケットボールに熱中していました。

身長は特段大きい方ではなく、バスケ弱小の地域ではありましたが、
朝から晩までとにかく練習しました。
中学生になると、朝錬前に教頭先生の家を訪ね、体育館の鍵を開けてもらい、
部活動が終わった後は地元市役所の社会人チームで練習する、というような没頭具合。
おかげで地域では敵なし、北海道内の強豪チームとも伍して戦えるほどになりました。

また、顧問の先生がとにかく厳しい人で、
特に、

「やればできることをやらないのは悪だ」

ということを徹底的に叩き込まれました。
例えば、スリーポイントシュート外したから、というような理由で怒られることはないものの、
ルーズボールを追わなかった、というようなシーンでは本当にとてつもなく怒られました。
時に鉄拳も・・・。
バスケットに限らず、この価値観は私の中で一つの礎になっていきました。

その後、高校に進学してからも、変わらずバスケに打ち込みました。
しかし、強烈な年功序列制度により出場機会を得られない日々。
「俺を試合に出せ、バカヤロウ!」 と主張し続けていると、
そんな目立った態度にムカついた先輩から裏に呼び出され・・ということもありましたが、
それでも主張は止めませんでした。

コートの上に年功序列を持ち込むことには違和感があったし、
自分が正しいと思ってるのに引っ込めるのは情けないと思ったんです。
その甲斐あってか、次第に部の空気も変わっていき、少しずつチームのレベルも上がっていきました。

その後、部活を引退し、進路を考えなきゃなという時期を迎えました。
しかし、その時点でバスケの穴を埋めるほどのやりたいことなどなかったんです。
そのため、まずは、世間的に難関と言われる北海道大学にチャレンジしようかなという考えに至りました。
兄が私大だから自分は国公立というのもあったかも知れません。