僕は滋賀県で生まれました。

両親は自由な人たちで、よく家の音楽室にたくさんの人を呼んで踊ったり騒いだりしていて、
ある日自宅へ帰ると見知らぬ外国人がいて、夕食を共にするなんてことはしょっちゅうあり、いつもとても賑やかな家でした。
また、食卓にはオーガニックの新鮮な野菜を使った料理が出てくるような家庭で、
小学生の時に食べていたおやつも、周りの子たちが食べているスーパーで売っているポテトチップスではなく、
お母さんがじゃがいもをスライスして、油で揚げて作った味の薄いポテトチップスでした。

しかし、そんな食生活への反動で、高校に入ってからは毎日学校帰りに友だちとジャンクフードを食べるような生活になっていきました。

高校は卒業後ほぼ全員が大学に進学するような進学校に通っていたのですが、卒業後は大阪にあるデザイン系の専門学校に入学することにしました。
高校を卒業したら「良い大学に進み、良い企業に就職する」という既存社会のあり方に違和感があり、そのレールから外れたいと思った時に、
デザインに関わる人たちをかっこいいなと思い、自分もその道に進みたいと思ったんです。

専門学校は毎週課題がありプレゼンで発表するような厳しい学校で、途中から来なくなる人も何人もいましたが、
講師は自分のデザイン事務所を持っているような実力者ばかりで、実践的なことを多く学べて非常に良い環境でした。

専門学校を卒業した後は、もっとデザインについて学びたいと思い、プロダクトデザインの事務所で見習いとして働くようになりました。
しかし、仕事を始めるとデザインの世界は自分が想像していた以上に厳しく、力量不足を思い知り、
実力をつけるには色々なことを見て、実際に経験しなくてはならないと思ったので、その事務所を辞めることにしたんです。