完璧じゃないから、頼れる存在に。大きな組織だからできる人材育成の仕事。

大手通信企業で働く宮下さん。「組織で働く個人にポジティブな影響を与える機会をつくりたい」と掲げ、組織開発・人材開発の業務に加えて、社内で子育て中の女性コミュニティも運営しています。人材育成の面白さを知ったきっかけとは。子育てしながら働く当事者として感じる葛藤とは。お話を伺いました。

宮下 由梨

みやした ゆり|大手通信企業での人材育成
群馬県前橋市出身。東京都立大学卒業後、東日本電信電話株式会社に入社。長野支店で営業を担当したのち、東京支店の新入社員教育などを担当。二度の産休・育休を経てビジネス開発本部の人材開発を担当するように。キャリアメンターの民間資格を持つ。二児の母。

自立して生きたい


群馬県前橋市で生まれました。教育熱心な両親の元、厳しい家庭で育ちました。休日でも朝起きる時間やご飯の時間が決まっていて、学校の成績にも厳しかったです。両親の教育に感謝していますが、子どもながらにどこか窮屈に感じていました。

また、地元の閉塞感が苦手で、早く東京に出たいと考えていました。両親も祖父母も地元出身でしたし、周囲を見てもだいたい顔見知り。外の世界を見てみたいと感じていました。

家族や街に依存せずに生きたい。都会の高層ビル街をハイヒールで歩くようなキャリアウーマンになって、精神的にも経済的にも自立したい。そんなことを夢見て、高校卒業後は東京の大学に進学しました。

家を出て、初めての一人暮らし。好きな時間に起きて、好きなものを食べて、好きな時間に出掛けて、好きなだけアルバイトをして、好きな場所に旅行する。あたりまえの生活かもしれませんが、そんな毎日がすごく楽しかったです。自由を得たと感じましたね。友達もたくさんできました。人と一緒に過ごすのが好きで、幹事として団体旅行をしたり飲み会を開いたりしていました。

就職活動では、200社ほどの説明会に行き、70社くらいにエントリーしました。もともと働いて自立したいと思っていましたし、社会科見学のようにいろんな業界を見て回れたので、就活は面白かったです。

ガジェットや便利で新しいものを作ることに興味があって、IT系の企業に惹かれていました。よく幹事をしていたので、飲み会のときに便利なスケジュール調整アプリや飲食店の空き状況が即時にわかるサービスに関わってみたいと思う反面、仕事では自分のやりたいことばかりはできないだろうと冷静な自分もいました。

最終的には、今の会社に入社することにしました。通信を扱う会社なら、ガジェットや新サービスにも関われそうだと思ったんです。住宅費補助や社員寮があって、住む場所に困らないというのも決め手でした。自分でしっかりと働いて、経済的に自立したいと考えていました。

フラットな居場所で人が変わる


入社後は、長野支店に配属になり、光インターネットの営業を担当しました。営業先は、小規模事業者で、農家やアパートのオーナーなどです。営業先の方と話すのは楽しかったですね。また、地元のフリーペーパーとタイアップした企画など、プロモーションの仕事にも関わるようになり、充実していました。

3年目になった時、本社の人材開発の部署に異動し、3年間は全社的なキャリア開発、教育制度の運用などに関わりました。

6年目で、今度は東京支店の人材開発の部署に異動し、毎年90名ほど配属される新入社員向けの教育を担当するようになりました。

正直、私の印象では、若手社員は一体感があまりなくて、つまらなさそうに仕事をしている人もいるように見えました。大きな支店なので、組織が凝り固まっていたり、上司から指示された縦割りの仕事だけしかできなかったりで、「こんなことをするために会社に入ったんだっけ」と疑問を感じている人もいたんです。

数年で本社へ異動となる人も多いのですが、数年間何もせずに過ごしてしまうと、その先で活躍しづらくなる。なんとかしようと考えて、新入社員同士を集めて交流する機会を作ることにしました。

それまでも合同研修はありましたが、課題解決に取り組むような研修。もっとフラットに、雑談するような空気でお互いと繋がれる場が必要だと感じて、新たに企画しました。

交流の場では、テーマを設けてそれぞれについて話し合えるようにしました。加えて、それぞれが今取り組んでいることや成果を書けるウェブ掲示板を作りました。お互いに「今こんなこと頑張っているよ」とか「こんな仕事をやっているよ」と、ある意味での自慢大会ができる場です。

場ができると、それまでくすぶっていた子たちが、頑張っていることを口にしたり、人の話に刺激を受けたりする機会が増えて、どんどん盛り上がっていくのがわかりました。新入社員の居場所になったんですよね。上長や同じ職場の人たちからの評判も良くなり、自分一人で頑張るだけでなく、周囲を巻き込んで良い影響を生み出しているのが伝わってきました。

刺激を受ける機会が増えると、人は変わる。いきいきして楽しそうに仕事をする人が増える。そんな様子を目の当たりにして、人にポジティブな影響を与える場を作るのはとても楽しいと感じ、そのような機会を作る人になりたいと思いました。

仕事と育児のバランスが取れない


新入社員教育はやりがいのある仕事でしたが、忙しい側面もありました。100人近い新入社員を受け入れるのは事務作業も多くて、表に見える楽しい仕事は2割くらい、残り8割は裏方の事務処理や社内調整など大変なことも多かったです。特に、30歳で妊娠してからは、仕事と育児のバランスを取るのがすごく難しかったですね。仕事を抑えようと思っても、若手社員からの相談は個人での対応も多いので、他の人に替えが効きません。

その難しさは、出産後も続きました。出産後は10カ月ほど育休をとりましたが、復職後に仕事量がうまく調整できなくて。周りも心配してくれるのですが、目の前に仕事はあるので誰かがやらなければなりません。

育児中は仕事が終わっていないことに対して、仕事中は育児をしていないことに対して罪悪感があるんですよね。育児と仕事のベストな割合がわからなくて、自分で納得できる線が引けなかったんです。平日は残業できない分、土日に働かせてもらったり、上司に無理なお願いをしました。記憶も残らないくらい目まぐるしく毎日が過ぎ、大変だな、つらいなと感じていました。

少しして新しい部署に異動になりました。同じく人材開発の仕事でしたが、その部署には子育て中の女性社員はいなくて、知り合いもあまりいなくて孤独感が増しました。その状況をどうにかして抜け出すヒントがほしいと思っていましたね。

つらいエピソードを笑い話に変える


育児と仕事の悩みを持つのは、私だけでありませんでした。同期や知人と話したときに「私も一緒」という声が聞こえてきたんです。

そこで、少し落ち着いたタイミングで、子育て中の同期を誘って定期的にランチ会を開くことにしました。私も苦戦している真っ只中だったので、悩んでいる人の気持を共有できると思いましたし、私自身、愚痴を聞いたり、同じ境遇の人と話したいという気持ちもありました。

初めは少人数でしたが、徐々に人数が増えて、2週間に1回、来たい人が集まって愚痴を吐き出したり、つらかった出来事を笑いに変える場になっていきました。

例えば、朝起きて子どもが鼻血を出しちゃうことってあるんです。毎日分刻みで朝の準備をしているので、鼻血だけでもその対応で15分くらい遅刻になることもあって。たった15分かもしれませんが、その15分が申し訳なくて、周りに謝りながら会社に駆け込んで、肩身が狭い思いで仕事をするんです。フレックスもなかったので、子どもの何かで9時始業に間に合わず落ち込むこともよくありました。

そんなことも、一人で抱え込まずにみんなで話すと「鼻血休暇欲しいよね」「うちはおねしょで大変だったよ」と笑い話に変わるんです。みんなあるよね、と。そうすると、次に自分が子どものことで遅刻しても、「私だけじゃない。みんな同じ。頑張ってるよね」と思えるし、少し慰められるんです。

ママ会を続けていくと、だんだんと「楽しいよ」「いつもありがとう」と言ってもらえたり、「ここに来ると元気になるんだよね」という声を聞いたりするようになりました。みんなにとってオアシスのような場所になって、この場から活力が生まれれば良いなと思いました。

私自身も、いろいろな話を聞くうちに、少しずつ仕事と育児とのバランスを考えられるようになりました。自分の仕事や家事育児の能力を向上させる努力も必要です。けれど、自分やパートナーの仕事、家族のサポートの状況などは人によって違います。だからどこでバランスをとるかのラインは、自分が覚悟を決めて引くしかないんだとわかりました。自分で線を引いて、後悔しないと決めるしかないんだと。

この会社だからできること


ママ会を始めて少しした頃から、社外活動に積極的な同期に誘われて、他社で働く人と接点を持つ機会が増えました。いろいろな働き方をしている方を知り、自分の人生を見直すきっかけになりました。私の人生はこのままでいいんだろうかと、転職の可能性も考えるようになりました。

二人目の妊娠がわかったとき、この期間を一つのきっかけにして、社内ではできなかったことにチャレンジすることに決めました。長期の休暇はなかなか取れないので、この期間にやってみたいことに挑戦しながら、今後の働き方も考えることにしたんです。

育休期間に入ってから、プロボノで教育NPOに参加したり、女性の妊娠・出産に関するテーマを扱うメディアで社会人インターンをしたり、メンターの資格を取ったりしました。どれも楽しかったですね。仕事の内容もですが、それまでとは違う組織や多様な人と関われるのが新鮮だったんです。

また、色々やってみた結果、今の仕事が面白いことにあらためて気づきました。私は誰かを元気づけたりポジティブな影響を与えたりすることが楽しくて仕方ないのですが、不特定多数の人よりも、顔が見える人や組織が変わっていくことにやりがいを感じることがわかりました。

それに、この組織でできることがまだまだあると思いました。大きな組織では、年齢の高い人たちが会社の仕組みやルールを作っていることが多く、若い人たちとの間にギャップが生まれます。その状況をつまらないと思いながら働いている若い人も少なくありません。

でも、捉え方が変わるようにやり方を少し変えるだけで、やりがいを持てる環境は作れます。そんな仕掛けを作るために、今はここで働いていこうと思いました。

いきいきと働ける環境づくり


現在は、ビジネス開発の部署で、人材開発の仕事をしています。

新入社員の教育や、開発業務に必要なマインド、スキルを身に着けるための研修の企画運営、ダイバーシティ推進などを行っています。働き方改革にも取り組んでいて、DXの推進なども幅広く行っています。

ママ向けの活動も続けています。コロナ禍でランチ会が難しくなってからは、子育て世代に向けたメルマガの配信をしています。

私が実現したいのは、個人がいきいきと働ける環境づくりです。特に、若い人や女性の働き方に関心があります。

女性の働き方については、従来からのジェンダーの価値観が課題だと思います。例えば、ライフイベントによる制限の多い女性より男性の方が与えられる機会も、修羅場経験も多くなるんですよね。上司は突発で大きな案件が発生した時、男性の部下に振りがちです。男性の中でもその役回りが辛いと思っている場合もありますし、そのような業務に関われずに無力感やチームからの孤立感をもつ女性もいます。

一方で、会社として女性活躍を推進しているので、経験が少ないまま管理職になって苦しむ女性もいます。女性が職場で活躍することを望んでいますが、全員が同じ型にはまった管理職になるのが良いとは思っていません。それぞれが自分に合ったやり方で、やりがいを持って働けたらいい。そのために、仕組みそのものや仕組みを作っている人たちの意識、働く一人ひとりの物事の捉え方を変えるような取組ができたらと思います。

人にポジティブな影響を与えることは、私のライフワーク。今は顔の見える範囲の人を幸せにしたいという気持ちが強いですが、自分のキャパシティが広がったら、社外にも活動を広げたいと思っています。

私自身、今も自分の働き方に迷いがないわけではありません。育児と仕事のバランスに悩むこともあります。メディアなどに出ている人は、育児も仕事も完璧にこなしているように見える人が多いけれど、私はそうじゃない。仕事でうまくいかないことがいっぱいあるし、ミスもするし、子どもに反抗されて「ママ嫌い」とか「仕事ばかりしてないで遊んでよ」って言われることもあります。うまくいかないことの方が多いです。

だけど、今はそれでいいんだと思っています。完璧じゃないからこそ、みんなが相談しやすかったり話しやすかったりするのかもしれません。悩んでもがいて苦しんで、それを共有することで少しでも周囲の誰かが救われたり、元気になったりしたら嬉しいです。

2022.01.13

インタビュー・編集 | 島田 龍男ライティング | 粟村 千愛
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