鹿児島県に生まれ、5歳から水泳を始めました。
最初は親に無理矢理入れられたような格好で、嫌々やっていたのですが、
小学5年生頃からタイムが伸び始め、選手コースに移ることになり、
自分自身だんだんとモチベーションが変わっていきました。

また、皆、単純に早くなりたいからそのクラブに通っていたこともあり、
学校とは違うコミュニティ感があり、自分の居場所のように心地良く感じたんです。
もともと、3歳の時から右耳が聞こえず、軽いいじめをうけたこともあったのですが、
水泳はそれが関係ないこともあり、気づけば、親に言われてではなく、楽しいから水泳をするようになりました。

その後、中高も水泳を続け、高校では国体やインターハイにも出場することができました。
不思議なことに、水泳と勉強の出来は比例していて、
高校1年からは両方伸びていくような感覚がありましたね。

高校卒業後は先輩からの勧めで慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスに進学し、
体育会の水泳部として、寮に住んで部活の運営に携わりました。
もともと、コーチも寮の管理者もいない組織だったので、全て自治的に活動を進めており、
色々と勉強するところが多かったですね。

また、選手活動も本気で行っていたのですが、18歳でヘルニアを患ってしまい、
途中1年半は競技から離れることになりました。
それでも、一度も部活を辞めようと思わないくらい、チームへの思い入れが強かったです。

その後、就職活動の時期を迎えると、周りでは銀行や大手企業に進む友人がほとんどの中、

「自分もそうでなきゃいけないのかな?」

という葛藤がありました。
自分のレベルではオリンピックを目指せないことは分かっていましたし、
腰の怪我はだましだまし付き合っているような状況だったのですが、
それでも水泳がしたかったんですよね。

結局、ある実業団に所属し、卒業後も競技を続けていくことに決めました。