大学では趣味で日曜大工を始めて、自分の手で家具などを作るようになりました。ただ、相変わらず将来やりたいことは特になく、就職活動では有名な大企業を受けてい、内定をもらった中で一番条件が良いと感じたNHKに入社することにしました。

そして、長野の放送局に配属となり、ディレクターとしての仕事が始まりました。仕事では周りからの評価も高く、様々な仕事に携わることになりました。10人程いる部署の仕事の半分くらいを僕ともう1人のメンバー2人で担当するなような状態で、何ヶ月も休みがない時もありました。

忙しくても仕事自体は好きでしたが、違和感を感じることもありました。テレビ放送なので「映像になること」を求めるのですが、それは極端に言うと「誰かにとって不幸なシーン」であることが多かったんです。

もちろん、テレビを通じて同じ状況にいる人に勇気を与えたり、共感してもらって何か行動が起きる良さもあります。実際、ある介護の番組を作った時は、その放送を元に声が上がるようになり、実際に介護団体が動いたこともありました。

ただ、そこに僕自身の問題意識があるわけではないので、番組を作る僕は共感できませんでした。それなのに視聴者に共感を求めるのは、制作者としてのエゴだと感じてしまったんです。それでも好きだった自然番組の制作をするために、他の仕事も必死に取り組みましたが、会社の意向もあって、なかなか自分のやりたい仕事には携わらせてもらえませんでした。

そして、東日本大震災が起きた時、違和感はさらに膨れ上がっていきました。震災直後は被災地の現状を伝えることに徹していましたが、次第に「ストーリー」が求められるようになっていったんです。ただ、被災地で苦しむ人をストーリーとして伝えることが、誰かにとって救いになっているとは到底思えなかったんです。

人の不幸で仕事をするのは勘弁して欲しい、そう感じてしまい、3年半ほど働いた会社を辞めることにしました。