数学を使って、社会人のための教育を。転機で生まれた「私を因数分解する」発想とは。

ビジネスマン向けの新しい教育テーマ「ビジネス数学」を提唱し、企業内やビジネススクールなどで人材育成に従事する深沢さん。大学院で数学を学び、予備校講師になった後にアパレル業界へ転身。その後、教育コンサルタントとして独立したその異色の経歴には、どのようなストーリーがあったのでしょうか。お話を伺いました。

深沢 真太郎

ふかさわ しんたろう|「ビジネス数学」を教える
BMコンサルティング株式会社代表取締役
ビジネス数学の専門家/教育コンサルタント/多摩大学非常勤講師/理学修士(数学)
ビジネスパーソンの思考力や数字力を鍛える「ビジネス数学」を提唱し人財育成に従事。様々な大手企業の人財育成をサポートしており、日本全国の大学からも講義依頼が殺到。担当した講義は100%リピート依頼がくる超人気講師でもある。

数学が大好きな少年


幼少期から神奈川県で育ちました。中学生あたりから数学の面白さに気づき、大好きになりました。教科書に載っている問題はすべて人間が作ったものだから必ず解けるはず。正解があるのにその正解までたどり着けないのが許せない。そんな負けず嫌いな性格ゆえ、難しい問題をひたすら解き続けていました。

高校に入り、数学への情熱はさらに強まります。学校の部活には入らず、社会人のクラブチームに入って土日にサッカーをしていたので、平日の放課後は時間がありました。家に帰るとまずは仮眠を取り、晩ごはんを食べた後は、深夜まで数学の問題を解き続けていました。たくさんの問題を解くこと、違う解き方を見つけることが好きでしたね。

将来は数学の先生になりたいと考えていました。小学校の担任が生徒に真剣に向き合ってくれる良い教師で、その情熱に打たれて「教える仕事っていいな」と思ったんです。教えたい教科は、もちろん数学でした。

大学では教職課程を履修しながら、さらに数学を本格的に勉強しました。高校までと違い、問題を解くのではなく、理論や定義、現実世界でどう応用するかがテーマでしたね。

学部内で誰よりも勉強した自信がありました。昔から周りに数学に苦手意識を持つ人が多く、数学が得意なことは、自分にとっていつか強力な武器になると感じていたので。

大学卒業時には教員への道と進学を迷いましたが、進学を選びました。「教える」ことはいつでもできるけれど、数学の根本をしっかり学ぶ時間は今しかないと思ったんです。自分の武器をより強力なものにしておきたいという「下心」もあったかもしれません。

自分とは違う人に囲まれて強みを活かす


大学院を修士課程で修了した後は、社会に出ることにしました。数学を教えられるなら学校でも塾でも別に変わらないだろう、という浅い考えのもと、とくにしっかり業界研究することもなく予備校に就職しました。

ところが、予備校講師として求められることは、私が教えたいこととは全く違いました。あたりまえですが、予備校はビジネス。生徒の偏差値を上げることが最優先です。しかし、私は偏差値を上げることや、公式を覚えてもらうことにはまったく興味がなく、「数学的思考の本質」を教えたいと考えていたんです。

例えば、微分積分を教える時、「計算式」を教えるのではなく、「微分とはどういった概念なのか」を分かりやすく伝えたい。究極的には、「計算しない数学」を教えたいと。

もちろん、そんな考えがフィットするはずもなく、半年ほどで私から仕事を辞めることにしました。「社会人ってそういうものなのか」と、自分の甘さを痛感し、人生初の挫折を味わうことになりました。

当然、何か仕事をしなければ生活できません。転職するために就職雑誌を眺めていると、なぜかファッション業界に目を奪われました。これまでの数学の世界とは真逆で華やかな世界。でも、興味を持った理由は華やかさだけではありませんでした。

もしかしたらこの業界なら自分の強みが活かせるかも、と感じたんです。

なぜなら、ファッション業界は感覚的な人が多いのではと仮説を立てたから。もしそうだとすれば、その真逆にあたる、「極めて論理的で数字に強い自分」がその中に飛び込めば、面白いことが起こるのではと。それまでは自分と似た強みを持つ人の中でどうにか活躍しようと思っていましたが、発想を逆転してみました。

30歳を超えて壁にぶつかり始める


そして外資系アパレル企業に就職し、旗艦店のオープニングスタッフとして働き始めることになりました。まずは店頭に立つ販売職。当然ながら、かっこいいコーディネートをして服を買ってもらう技術は、私にはありませんでした。

しかし一方で、データを活用した仕事には能力を発揮しました。たとえば「成約率」の高い時間を計測し、その時間にスタッフの数を多くするため、それぞれが休憩に行く時間などを労務管理に反映したところ、想定通りの成果が出て売上に貢献できました。「ああ、ここには自分の存在価値がある」と感じましたね。

1年ほど店頭に立った後は、インターネット通販事業の立ち上げ担当に任命されました。当時インターネット上で服を買うこと自体が一般的ではなかったので、会社としては挑戦的な取り組み。一大プロジェクトを、社内で一番適性があるという理由で任せてもらえたので、自信につながりました。少なくともこの社内では、他の人とは違う強みを持っていると実感できたんです。

何もかも分からないところからのスタートでしたが、ネット通販はまさにデータの世界。それなら自分の特性を活かせるだろうと考えていました。

実際、データを分析する時には数学的思考が役立ちました。上司へ報告する時も、論理的に会話を組み立て、的確に数字を用いて要点を短く端的に伝えられる。それが私の強みでした。キャリアアップのために転職をしていき、順調に過ごしていました。

ところが年齢を重ねるにつれて、仕事で様々な壁にぶつかるようになりました。特に人を動かしたり、組織内の調整をしたりする仕事でしょうか。当然ですが、実際のビジネスシーンでは数学の公式のようにはいかないものです。

そんな私は、あるとき気づきます。自分は、たしかに学問を誰よりも一生懸命学び、特定分野の専門性を高めてきた。つまり、「好きなテーマでの個人プレー」は得意。でも、マネジメント、苦手なことへの対処法、ストレスに対するメンタルケア…これらを正しく「教育」されてこなかったと。

自ら学ぼうという姿勢すらなかったのかもしれません。そんな私はなすすべなく、ますます得意な個人プレーに走ります。結果、次第に心身ともに疲弊していきました。

最終的には身体を壊して1ヶ月ほど会社を休むことになってしまいました。どう考えても非常事態。自分の仕事に対するスタンスや適正を、あらためて考え直す必要性を強く感じました。

ビジネス数学で困っている人を助けたい


そこで、使った考え方はこうでした。「原点回帰しよう。そもそも、いまの深沢真太郎はいったい何からできているのか?」つまり、いまの自分を因数分解するとどうなるのだろうと。

結論はこうです。
深沢真太郎=(数学)×(教える専門家)×(10年以上のサラリーマン経験)

すぐに気づきました。これとまったく同じ因数分解になるビジネスパーソンは、極めて少ないだろうと。「ビジネス数学」という教育ができないか。もともと教育の仕事に憧れた人間でしたから、一瞬でそんな発想になりました。

私のように現場で苦しんでいるビジネスパーソンはたくさんいる。そんな方に、自分が教育というテーマで何か貢献できるとしたら、これしかない。何より、このテーマを専門とする教育コンサルタントは、私が調べた限り日本にまだいない。

勝てる。

そう確信し、「ビジネス数学」というブランドを看板に、ビジネスパーソンの数字力と思考力を鍛える教育コンサルタントとして独立することにしました。35歳、まさに原点回帰でした。

しかし、起業当初はお客さまにコンセプトをうまく伝えられず、不本意ながら、ビジネス数学とは関係ない一般的な論理的思考や新入社員研修でビジネスマナーを指導することもありました。

ただ、あるとき大手アミューズメントパークの研修担当者の目に留まり、「これまでも会計士などを招いて数字感覚を身につける研修をしてきたけど、いつも何か違うという感覚がありました。でも、深沢さんを見て、これだ!と思ったんです」と言われました。

私が「やろうとしていることは間違っていない」と自信を持てた瞬間でした。さらに、独立して2年目に書籍を出版させていただいてからは、仕事も順調に増えていきました。

ポイントは数字と「うまく付き合う」こと


現在はビジネス数学の専門家として、企業内で社員研修を提供したり、その考え方を体系化するために書籍を執筆したりしています。私の役目はビジネス数学を用いてビジネスマンに3つの能力を高めてもらうことです。

一つ目は、論理思考。論理的に考え、伝えるための基礎能力です。

二つ目は、 数的思考。定量化、フェルミ推定など、数字でビジネスを捉える能力です。

三つ目は、 数学的スキル。統計分析、損益分岐点分析、線型計画法など実践的なスキルです。

世の中には数字に苦手意識を持っている人が本当にたくさんいます。実際、私の研修は始まる前の皆さんの表情が暗い(笑)でも、そんな人たちが研修中に明らかに表情が変わったり、研修後に「貴重な気づきがありました」と言ってくれたりする瞬間が、この仕事をしていてたまらなく嬉しい瞬間です。

いまは研修講師の仕事が多いですが、将来的には「人がどうしたら数学的な思考を身につけられるか」「『数字が苦手』のメカニズム」といったことを研究したいと考えています。いまこれだけ数字が苦手な人がいるということは、はっきり言えば、このテーマに関しては教育がどこか間違っているのです。ですから、具体的にどう変えていけばいいのかを世の中に提示したいですね。

ただ、すでに数字が嫌いな人に数字を「好き」になってもらう必要はないと思っています。人間ですから苦手なものは苦手、好きにはなれませんから。ですから私はよく現場で「数字とうまく付き合えるようになりなさい」と申し上げています。

たとえば人付き合い。人間ですから苦手なものは苦手、好きにはなれませんよね。でも、適度な距離を保って「うまく付き合う」ことはできます。数字も同じで、うまく付き合うことが大切です。決して愛する必要などなく、必要な時にうまく利用できるような関係が築けていればいいんです。

そんなビジネスパーソンをたくさん育成するために、私にはまだまだすべきことがたくさんあります。

2015.12.29

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