私は広島県福山市に生まれ、小さい頃から生徒会長を務めたり、野球に打ち込んだりするような活発な性格でした。父は地元の地銀の支店長を務めていたのですが、私が小学5年生の時に後継者のいなかった化学メーカーの代表を務めることになり、話を聞いた時は「いきなり社長になるなんて、すごいな」と驚きました。

しかし、私が高校に進学した17歳のタイミングで、父の会社が倒産してしまったんです。資金繰りで苦しんだ結果の倒産で、家族が喧嘩をしたり、父の元気が無かったり、まずいなという危機感がありましたね。家は担保にとられていたので倒産後なくなり、父と母は離婚し、家庭環境は混沌とした状態でした。私自身は甲子園を目指して野球に打ち込んでいたため、そこに気持ちを集中することでなんとかなっていたような感覚でした。

その後、夏の大会まで終えて部活を引退すると、大学に行けるか分からない不安もあったのですが、なんとか母がお金を工面し、既に社会人だった姉の経済的な援助も得て、大阪の大学に進学することができました。ただ、大学に入ってからは、甲子園のように打ち込む目標がないことや、実家をやや遠ざけていることに対してずっと悶々とした気持ちがありました。

そんな大学生活を経て就職活動を迎えると、今まで避けてきた「これから何がしたいのか」という目標について真剣に考えるようになりました。父の会社の倒産など、バブル後の不況を身近に経験したことから感じた「日本を元気にしたい」という想いと、ちょうどインターネットが出て来た時期ということもあり、アイデアを形にするツールとしてのIT技術に可能性を感じ、IT業界に絞って就職活動を行いました。

最終的には、仕事は一日のうち8時間も時間を使うものなので、自分の気持ちを大事にして環境を選ぼうと考え、住商情報システム株式会社(現SCSK株式会社)に就職を決めました。