コンプレックスから自分を解放せよ。 「働く」をアップデートし個性を認める社会へ。

中学・高校と野球に打ち込み一時はプロを目指すものの、実力不足を痛感して断念した大浦さん。小さい頃からの目標を失い、途方にくれた大浦さんだからこそ見つけられた現在の目標とは?お話を伺いました。

大浦 征也

おおうら せいや|パーソルキャリア株式会社 執行役員・doda編集長
日本大学 経済学部第二部経済学科卒業。新卒で株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。法人営業として企業の採用支援、人事コンサルティング等を経験した後、キャリアアドバイザーに。その後、キャリアアドバイザーや、法人営業部隊も含めた地域拠点の総責任者などを経て、2017年より転職サービスdodaの編集長に就任。その後事業部長などを歴任し、2019年10月、執行役員に就任。社外でもアスリートを中心にセカンドキャリアの支援活動を行い、誰もが自信を持って働ける社会を目指して奔走している。

夢破れ、先が見えなくなった


千葉県松戸市で育ちました。自分で言うのもなんですが、人当たりが良く、みんなから頼られる性格で、小中学校では生徒会長や部活のキャプテンを務めました。仲間に恵まれ、悩みとは無縁のハッピーライフを送っていましたね。

運動が好きで、小学生から地元のソフトボールチームに所属しました。中学生になると野球部に入り、野球漬けの毎日を過ごしました。一生懸命練習する中で、だんだんと「将来はプロ野球選手になりたい」と考えるようになりました。

中学卒業後は、地元の公立高校へ進学。私立の強豪高校に行く選択肢もありましたが、ちょうど市を挙げて「地元出身者だけを集めて甲子園を目指そう」という取り組みが始まった時で、自分も地元の仲間と夢を追ってみようと思ったんです。

高校入学後は甲子園出場を目標に毎日野球に打ち込みました。正月休みすらなかったですね。一生懸命練習していましたが、怪我もあり自分自身のレベルは思った以上に伸びず「こんなはずじゃねぇ」と悶々とするようになりました。ただ、野球しかやって来なかったので、急に進む方向は変えられませんでした。自分には野球しかないと思い詰め、ますます練習に打ち込むようになりましたね。

迎えた高校最後の夏。全力で試合に臨みますが、結果はその後甲子園でベスト8まで進んだチームに予選敗退。プロになるためには甲子園出場は必須だと思っていたため、先の見通しが立たなくなりました。残ったのは「野球しかやって来なかったオレ、この先何をすればいいんだろう?」という焦りだけでした。

将来への不安を考えないために


高校3年の受験期、自分にはプロになれるほどの実力はないと思いながらもやっぱり野球への想いが捨てきれず、野球の強い大学を探しました。ただ、野球だけで入れる実績も、受験で入れる学力もありませんでした。

同じ頃、父が倒れて入退院を繰り返すようになりました。悪性リンパ腫という血液のがんで、日を追うごとに体は弱っていきました。そんな父に迷惑はかけられず、学費は自分で払う必要があったので、学費が安く、当時野球の強かった大学の夜間学部へ行くことにしました。

ところが、入学直前に高校時代の怪我が再発。レギュラーになれないならもうきっぱり野球はやめようと、未練を断ち切って野球部に入るのを諦めました。これまで野球しかやってこなかったので、自分のアイデンティティが失われた気持ちになり、自分には何もないと、コンプレックスを感じるようになりました。

そんなときに目に留まったのが、飲食店のアルバイト募集でした。何かに打ち込んで悩む時間を減らしたいと思い、すぐに申し込みました。日中は寿司屋で宅配の仕事をして、夜は大学で勉学に励む毎日。父のこと、野球のこと、将来のこと、いろいろな迷いを振り払いたくて、元旦もお盆も関係なく、毎日朝から晩までがむしゃらに働いて勉強しました。

宅配を続けるうち、言われた場所に届けるだけでなく、自分で営業して販路を拡大するようになりました。個人だけでなく企業を相手に営業をかけ、注文をもらえるようにもなったんです。寿司屋の売上はそれまでと比べものにならないほど伸び、周りの大人たちから評価されました。やがてお金の管理を任されるようになり、気付けばアルバイト店長になっていました。

働く中で、アルバイト先の親会社の業績が悪化し、別会社に入れ替わるシーンにも立ち会いました。会社が潰れかける様子や、再生するまでの軌跡を一緒になって経験する中で、ビジネスの世界に詳しくなった気持ちになり、社会人としての自分に自信を持つようになりました。

必要以上のコンプレックス


就活の時期になると、キャリアに興味があったので、人材サービス会社にエントリーしました。ただ、選考中は夜間学部であることを隠して就職活動をしていました。夜間学部と記載すると不利になると思ったからです。学歴にはずっとコンプレックスを感じていました。

実は、私が通っていた大学は、教授も授業内容もテストも、全て日中の普通学部と同じカリキュラムで行われていました。そのため、卒業学位は夜間学部であることが記載されておらず、日中の普通学部と同じものが授与されていました。

私は学費の免除を受けたかったので真面目に勉強し、2000人以上の中から3人しか選ばれない奨学生に選ばれていました。授業が始まる夕方6時にはしっかり大学に行って、一番前の席に座ってノートを取り、良い成績をキープし続けてきたんです。バイトでもしっかり稼いで、学業と勉強を両立させました。

でも就活になると、勉強せずサークルに合コンにと遊びまわっている人が、昼間に名門大学に通っているというだけで評価される。学歴が低いというだけで書類選考で見送りになるんです。自分の価値観が崩壊し、「なんなんだ、この社会は」と思っていました。

人材サービス会社の選考はトントン拍子に進み、内定をもらうことができましたが、本当の学歴を隠している自分に違和感を覚えるようになりました。今まで真面目にやってきたことを否定したくないという気持ちもあったのかもしれません。最終的に、当時の人材サービス会社社長に「実は、夜間学部を卒業したことを隠していました。だから、せっかくの内定ですが辞退します。でも、学歴で人が判断される社会はおかしいと思います」と言いに行ったのです。

すると社長は、「採用は宝探しじゃない。今の社会において、学歴が一つの判断軸になってしまっている現実はあるだろう。でも、そんな社会がおかしいと思うなら、ウチで変えてみれば良い」と言ってくれたのです。そのときに分かったことは、「学歴がなければ価値がない」と勝手に学歴コンプレックスを感じ、悲劇のヒーローを気取っていたのは自分だったということです。


これまでの自分の考え方を反省すると同時に、この社長の下でならもっと成長できると思い、その場で非礼を詫び、結果的に雇ってもらうことになりました。

コンプレックスを抱える人の支援を


入社すると人材紹介事業の営業やキャリアアドバイザーなどいろいろな業務を担当しました。転職希望者の力になることにやり甲斐を感じましたね。入社5年目で、キャリアアドバイザーを統括する管理職になりました。

メンバーを育成するために学歴や学びを聞いていくと、就活時に自分が感じていたような学歴コンプレックスを感じている人がいました。ある一人は、日本屈指の名門高校を卒業し、大学は当然最高学府を目指していたのですが、浪人しても入れず私学最高峰の大学に入学しており、それがコンプレックスだと言っていました。自分とは違う体験でしたが共感できました。文脈によってそれぞれ違うけれど、みんなコンプレックスを感じているのかもしれないと思うようになりました。

しばらくすると、会社がオリンピックの公式スポンサーとなった関係で、アスリート支援に携わるように。社内外問わず有志が集まってスポーツ選手のキャリア支援を行うプロジェクトが立ち上がり、その立ち上げメンバーの一員として参加したんです。

さまざまなアスリートと関わる中で、優秀な経歴を持っているのにコンプレックスを抱いている人が多いことに気がつきました。オリンピックでメダルを獲った選手でも、社会で通用する武器がないと自信を持てずにいたのです。選手たちの境遇に共感し、なんとかしたいと考えるようになりました。

ところが、しばらくすると会社がオリンピックのスポンサーから降りることになりました。それと並行して、アスリート支援も収益性が担保できないとの理由から、止めることになったんです。しかし私は、自分の経験から価値のある活動だと思っていたので、収益性がなくても週末に個人で続ける道を選びました。

そのうちにアスリートだけでなく、アスリートの所属する団体や協会が変わらない限り選手の未来は明るくならないと感じるようになりました。一部の競技団体では、選手たちが現役中からセカンドキャリアを考えるのはよくないという考えもあり、その感覚はおかしいと思ったからです。そこで、選手だけでなく、スポーツ業界を変える改革も推し進めるようになりました。

アスリート支援で、ビジネスの世界に出てハッピーになるアスリートを多く見ました。そういう人は、ビジネスの世界での経験がないことにコンプレックスを感じるのではなく、スポーツができる強みを自覚し、未来を向いていました。

ずっとビジネスをしてきた人と比べたら、ビジネスにおいてはアスリートが負ける部分は多いかもしれません。でも、スポーツという強みでは、誰かと比較したら勝っているわけですよね。アスリートにしか身に着けられない経験や強みは必ずあります。本当はその強みを活かしていけばいいんです。強みを活かしてセカンドキャリアへ進んでいく彼らを見ていて、自分の弱みを他人の強みと比較してコンプレックスを感じるのはやめようと思うようになりました。

同時にアスリートの支援では、自分が高いパフォーマンスを出しながら活き活きと取り組めていることに気がつきました。純粋に、彼らが自分の強みを活かして働ける社会になってほしいと思っていたんです。コンプレックスから来るエネルギーよりも「世の中こうなった方がいいな」と思う純粋な気持ちの方が、はるかに強いエネルギーになるんだと思いましたね。

学びによって自信を持って生きられる


スポーツビジネス支援やアスリート支援のプロジェクトを進める一方で、任されていたキャリアアドバイザーの統括組織も大きくなりました。ただ、所属メンバーが400人くらいになった時に、運営がうまくいかなくなりました。

ビジョンや理想と現実の日常業務、デジタル化とレガシーの価値共存、戦略を実行する上でのメンバー心理等が複雑性を増して、ある意味破綻しました。その結果、統括部自体がなくなり、私もその後部署をいくつか転々としました。

勿論、それぞれの部署はやりがいがありましたし、そこでの出会いは今でも大切な財産です。が、「このままだとダメだ」と思い、会社で運営していた転職情報メディアの事業に携わりたいと自分から手をあげました。環境を変えたいという思いもありましたが、人がエネルギーを持って臨める、働き方の発信に携わりたいという気持ちも湧いていたんです。

メディアの運営に携わるようになって、会社組織のヒエラルキーとは関係のない、たくさんの人たちと接点を持つようになりました。いろいろな価値観に触れる中で、「またしても自分はどこか不要なコンプレックスを抱えてしまっていたのでは」と気がつきました。少し仕事が上手くいかなかっただけで、自分はできない人間だと自信を失っていたのです。

多くの価値観に触れることで、自分が自分らしくあっていいと思えるようになりましたし、他人の評価が気にならなくなりました。

それぞれの個性が活かされる社会を


今は、エージェント事業の責任者をやっています。また、引き続き個人的にはスポーツ業界で働く人材の支援・育成に取り組んでいます。

エージェント事業では、企業の中途採用の支援と転職希望者のキャリア支援を行い、また編集長も兼務していることから、メディアを通した「はたらく」に関するさまざまな情報配信もしています。未曽有の売り手市場の中、ただ求人募集を出しても人が集まらなくなっているため、メディアのコンセプト自体を考え直し、新しいブランディングを進めています。

具体的には、ただ求人情報を発信するだけのサイトではなく、企業のブランディング支援に繋がるコンテンツ作りや、転職に限らない「はたらく」の今を発信したりしています。

また、人材育成に関しては、スポーツ業界を変えるため、ビジネス界隈にいる方がスポーツ業界に転職する際の支援をメインで行っています。具体的には、スポーツ業界の経営やマーケティングなどのノウハウを4カ月ほどのプログラムで提供しています。

どちらの活動も、働く人たちがもっと活き活きと、不必要なコンプレックスを抱えることなく生きられる社会を作りたいと思って取り組んでいます。

小学生ぐらいの時は、音楽や美術が得意な子、運動が得意な子がいて、それぞれの個性のなかで注目を浴びていたと思うんです。それがある時期から、テストでいい点を取れる子が評価され、いい学校に進学できるようになる。そして、そこで得られた学歴が、社会に出る時の1つの切符のように扱われています。

ただ私は、それだけで人が評価される国が豊かだとはどうしても思えないんです。学歴に関係のない、スポーツや音楽や美術などを突き詰めたことで、損するような社会にはしたくありません。あるスポーツで全国大会に出られるのは、勉強でいえば有名大学に入れるのと同じくらい特異性のあることじゃないですか。

国語・算数・理科・社会だけが評価されるのではなくて、そのほかの個性を持った人が学歴にない経験を認められ、“チャレンジ損”をしない国にしたいと思っています。勉強や仕事以外のことに思い切りチャレンジでき、たとえその結果夢が破れたとしてもやり直せる社会にしたいんです。

2019年10月からは、執行役員の重責を担うことになりました。でも、以前と比べ、自然体で自分らしく背伸びせずに在れるようになりました。今日の自分はそれ以上でもそれ以下でもない。自分の中のブレないポリシーやビジョンが確立してきたと思っています。

これからも、かつての自分のように必要以上のコンプレックスを抱く人が多い状況を変え、日本の「働く」をアップデートしたいです。

2019.12.19

編集 | 種石 光
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