秋田県で、教員の両親のもとに次男として生まれました。代々、学校の先生という家系で育ったのですが、両親は放任主義。親父が世界的に有名な山登りをする人で、自由に生きていたせいか、うるさいことはあまりいわれなかったので、ノビノビと育ちました。

医師を目指したのは3歳の頃。いまでもはっきり覚えているのですが、母方の祖父が在宅でなくなった時のことです。親戚一同が集まっていて、いよいよという時、祖父の呼吸と心臓が止まって、死亡の確認をした医師が「ご臨終です」といった瞬間、みんな泣き出したんですよ。

明らかに医師が死亡宣告をする前に祖父は亡くなっていたんだけど、「ご臨終です」といった瞬間に、みんなが泣き出すんです。そのギャップがとても面白くて、僕ひとりその場で笑い転げたんです。それを見たお医者さんが、「君は豪傑な人間だから医者になりなさい」といって、医師になることを約束したんです。

ただ、そのために勉強に打ち込んでいたわけでもなく、高校1年の時、担任に「この高校から医学部にいったやつはいないから無理だよ」と言われたんです。そのことがとても悔しくて、その担任と喧嘩しました。「学校から出たことのない、医者になったこともないやつにいわれたくない!見返してやろう」と、僕自身ものすごい負けず嫌いなので、その日から猛勉強をはじめた訳です。

とはいえ、高校では山岳部に入っていたので、毎週山登りしたり、30キロのザックを背負って10キロ走るなど、部活が忙しくて、勉強する時間が限られていました。でも、部活のハードなトレーニングのおかげで、根性はかなり鍛えられましたね。

現役では医学部合格は無理だったので、浪人時代にめちゃくちゃ勉強しました。高3の時の担任は、医学部合格は「無理」だとはいいませんでした。その先生は浪人生の僕にとても親身になってくれて、自分の担当する補習授業を受けさせてくれました。現役の高校生に混ざって勉強したのですが、先生の期待にも応えるべく頑張ることができました。

その年に試験ですが、前期は何となくできたという自信がありました。でも、もっとみんなできているだろうと思い、合格発表も聞かずに次の試験に向けて勉強を続けていました。

すると、近所に住む祖父が家を訪ねてきて、「合格おめでとう」と言われたんです。それで、医学部に合格したと初めて知ったんです。あまりの嬉しさに、祖父と二人で抱き合って、泣いて喜びました。いまだかつてハグなんてしたことなかったのに(笑)。