私は東京の中野区で生まれました。両親は台湾人で、父親は会社を経営していました。小さい頃は父の事業が順調だったので、どちらかと言えば裕福な暮らしをしていました。剣道の道場に通い、塾にも行き、中学受験をして中高一貫の私立校に進学しました。

ところが、中学生になると父の事業が傾いていきました。人の目を気にするタイプだったので、外では目立つことをしたり、明るく過ごしていたものの、自分の生活はどうなってしまうのかと、常に不安な気持ちを抱えていたんです。

高校生になると、父はショッピングセンターのフードコートで、飲食店を経営していました。夏祭りの時には外で屋台を出していて、そんな時は、私も手伝いに行きました。ある時、祭りが終わり、父に頼まれ余った焼きそばを他のテナントに持っていくと、「そんなものいらねえよ」と言われてしまうことがありました。惨めでした。

昔から父の姿を見ていたので、「経営者になりたい」という気持ちもありました。しかし、失敗への不安から、そうは言い切れない自分がいましたね。

かと言って、他にやりたいこともなく、自信もありませんでした。中学、高校で所属していた剣道部では、経験者だったこともあり活躍していたのですが、アルバイトでは全く仕事ができず、怒られてばかりだったんです。この時、剣道と仕事の能力は違うと気づき、仕事はできない人間なんだと認識したんです。

高校は進学校で、周りは東京大学を目指す人も多くいました。しかし、もし自分が東大生になれたとしても、「東大生なのに仕事ができないのかよ」と言われるのが嫌で、あまり名前が知られていない、一橋大学一本に絞って勉強していました。変なプライドがあったんですよね。

ただ、自由な生き方に憧れもあり、一生懸命勉強するものの、もし合格できなければ世界を放浪しようと決めていました。

結果としては無事大学に進学することになりました。もちろん嬉しかったのですが、心のどこかでは「また殻をやぶれなかった」と寂しい気持ちもありましたね。