吉田 滉平 | 公式プロフィール
最終更新日 2020.02.18

組織をファシリテートする人に。

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略歴

高知大学地域協働学部2回生。

1999年岡山県倉敷市生まれ。中学校から高校までの6年間はバドミントンに熱中。

2018年県外生活と自然に憧れ、高知大学に入学。

2019年『経営組織論』『組織学習論』の授業で組織論に目覚める。

2020年組織・心理的安全性・ファシリテーションを学ぶべく、東京滞在を決意。

2020/2/19 現在 
人事コンサルタント、コーチングの方に弟子入り

具体的な活動

・組織開発、人事、経営に関するイベント参加
・シェアハウス「我がや」への入居
・社会人の鞄持ち
・Work Design Lab(ワークデザインラボ)への参加

原体験

高校時代のバドミントン部を経験して

■後輩期間
 高校入学と同時にバドミントン部へ入部。先輩たちから顧問が部活に来ないことを告げられ衝撃を受ける。そこから指導者の居ない部活を始めて体験する。目の前では先輩たちが馬鹿騒ぎをし、部室では漫画やスマホゲームに没頭していた。だらだらと練習の準備をはじめて、先輩たちだけが好き勝手コートを使い、本当に無駄な時間だった。先輩たちは試合形式の練習だけ真面目にし、後輩はそれを眺めるしかない。後輩がコートを使えるのはわずかな時間だけだった。
 高校2年生になると先輩も卒業し、2年生らの実力も認められ始めた。それでも一人のキャプテンの行動に依存するチームで、後輩の時間は少なく練習もダラダラだった。しかし、キャプテンは熱意と実力があり認められた存在だった。彼のやる気がある期間は、新しい練習メニューを行ったり、山でランニングをすることもあった。しかし、県大会で団体戦ベスト8の壁は超えられなかった。
 後輩として失敗する先輩を見送った時、「このチームでベスト8に入るぐらい強くなるにはどうすればよいのか」とひたすら悩んだ。

■後輩期間に学んだチームの文化
 1年半ともに練習した一学年上の先輩たちから学んだことが3つある。それは、「このチームを皆が大好きであること」、「このチームは馬鹿騒ぎが好きなこと」、最後に「このチームは試合で勝ちたいと望む者しかいなかったこと」。つまり、このチームには組織文化のように「馬鹿騒ぎするけど、強いチームであるべき」という想いが存在し、それを私を含めすべてのメンバーが願っていた。私もその一員だった。なんでかは分からないけど。
 しかし、先輩方は無駄な時間と非効率なチームワークを積み重ね、失敗した。試合後に先輩方は僕を副キャプテンに任命した。そして泣きながら僕と次期キャプテンの肩をもち「お前らは勝てよ。」と話した。この瞬間、皆が楽しく騒げる部活であり続けるために、チームを機能させ、試合で結果を残そうと熱く思った。

■先輩が引退した後
まず、生徒のみでチームとしてまとまり、成長できる練習をするが必要があった。しかし、いきなりは変わらない。部長の指示や想いが行き届かず、部員からの練習メニューに対する不満があふれていた。そんな不満を口にする中、馬鹿騒ぎする。副部長であった自分は、どうしたらリーダーの力がチームに影響をもたらす形に変化するのかを考えた。また、どうやったら部員たちの意見をくみ取り、彼らが集中できる状態になるのかを考えた。
 具体的にやったことは、リーダーの指示を自分が一番に実行し、リーダーの考えを体現した。また、部員たちに関しては、練習メニューに彼らの指摘を踏まえた形に一度は変えた。そうすることで、少しずつ互いの意見や想いのイメージが共通認識できるようになっていった。時には馬鹿をするが、チームとして効率的に切り替えができるように次第に変化した。最後の県大会は、団体戦で5位に入賞し、今でもこのチームのメンバーとは遊ぶ仲となった。
 このような経験から、チーム・組織のメンバーの意見を引き出したり、それが議論に組み込まれるように促すのが意味があるし、チームの力が伸びると感じた。議論が構造的に見える時があり、その流れの中にメンバーの意見を組み込んだり、他のスキルを駆使できれば、自身がその時考えている理想のチームを実現できると感じた。


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