飯塚多佳志 | 公式プロフィール
最終更新日 2020.04.21

塩尻発、地方をつくる若手代表

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略歴

1995年生まれ。新潟県上越市出身。2016年に地域ベンチャー留学プログラムに参加し、塩尻市内の酒蔵で1カ月間インターン、2017年にはゴールドマンサックス経営革新プログラムに参加し、同市の漆器店で半年間インターンを経験。成田空港とのコラボ展示を企画した。2018年4月に塩尻市の第3セクターのまちづくり会社「しおじり街元気カンパニー」に入社。中心市街地への集客のためのイベント企画や、空き店舗への企業誘致などに取り組む。2020年から独立し、同市を拠点に再投資したくなる地方づくりに取り組む。

ビジョナリーシティー研究所 代表
公益社団法人塩尻青年会議所2020年度理事兼まちづくり委員会委員長

具体的な活動

●塩尻市の活性化
中心市街地への集客のため、ビアガーデンや縁日、地元のショッピングセンターでのマルシェなど、さまざまなイベントを企画・運営、商店街の空き店舗への企業誘致など幅広く活動しました。官民共同事業「MICHIKARA」にも参加しています。塩尻青年会議所ではSDGsなどを広める活動を行なっています。

●ロボット×まちづくり
2020年から独立し、塩尻市を拠点にフリーランスとして地方創生に取り組んでいます。特に力を入れているのは、長野県の企業の新規事業として進めているロボット事業です。ロボットをまちづくりに取り入れ、地域活性化を進めていきたいと考えています。単にロボットを導入するだけでなく、社会をより良くする仕組みをつくりたいですね。民間ベースで、再投資したくなるまちづくりを目指しています。

原体験

私は新潟県上越市に生まれ育ち、高校は甲子園を目指して十日町高校に入りました。家から160キロくらい離れたかなり遠くの学校だったので、毎日、急行で通っていたんです。その急行を運営する第三セクターの会社は、東京と金沢をつなぐ特急を有していたので、経営は黒字。第三セクターの鉄道会社の中でもっとも経営状態が良いと言われていました。

しかし、私が大学に進学したのち、北陸新幹線が開業したことで、収益源だった特急が廃線に。会社は急速に赤字経営に追い込まれてしまったんです。そのことを知って、急行がなくなったら周辺の人たちの生活はどうなるんだろうと思いました。急行は僕ら周辺住民にとって、生活の足。自分になんとかできないかと思ったんですよね。そこから、地方のためになることをしたいと社会起業を考えるようになりました。

大学卒業後は地元に戻ることを考え、就職先も決まっていました。でも、インターンに参加したことから、長野県塩尻市にご縁ができて。中途しかとっていなかったまちづくり会社の社長から、声をかけていただきました。何度も足を運んでつながりのできた地域、やりたいことに近い仕事内容。ここでなら自分のやりたいことができると思い、就職を決めました。

講演情報

メディア掲載情報

しおじり街元気カンパニー 飯塚多佳志さんの耕し方 | 塩尻耕人たち

塩尻のまちで未来を耕す人、「塩尻耕人(しおじりこうじん)」の活動をご紹介します。・・・

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