私は鹿児島県で生まれ、3歳の頃に石川県に引っ越しました。父は船乗りだったので家にいないことが多く、祖母と母と2人の姉に囲まれ、育っていきました。

小中学生の頃は勉強も運動もそこそこできる方で、高校は進学校に進みました。ただ、サッカーに夢中になり勉強を一切しなかったため、そこで明らかに学力の差ができてしまいました。10校受けた大学受験では全て不合格。正直、大学に行かなくてもいいかと思っていたのですが、父に「一度くらい“努力”する経験をしろ」と言われ、京都で予備校の寮に入って1年間浪人し、神戸にある大学に進学することができました。

大学1年目はそれなりに真面目に授業に出ていたのですが、とにかく要領が悪く、8単位しか取れませんでした。また、2年目は大学の近くにある授産施設に入り浸り、大学にはほとんど行きませんでした。

授産施設へは、ヘルプスタッフを募集していると知り何となく行ってみたのですが、日焼け・金髪でチャラチャラした身なりの自分でも歓迎してくれたのが嬉しかったんです。また、障がいを持つ方と深く触れ合うのは初めてで、自分が知らなかったことをたくさん知り、とても新鮮な感覚でした。

個人的には、あくまで「時間があるから行く「行きたいから行く」という感じだったのですが、同じように出入りしていた地元の主婦の方々から、一方的な「ボランティア論」を押し付けられるようになり、通い始めてちょうど1年が経つ頃、行くのを止めてしまいました。

それからまた大学に行き始めましたが、やはり思うように単位を取ることができず、結局2回も留年してしまいました。自分のことを、何事も深く考えることなく、何となく流されている「くだらない人間だな」と思いつつも、特に焦りなどはありませんでした。