10月16日(日)another life.イベント開催!
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素晴らしい出会いで、新たな人生を踏み出しました。
テニスをサッカーのW杯以上の盛り上がりに!

宮地 一道さん/テニスコーチ

はてぶ

現在スポーツイベントを企画する会社を立ち上げ、テニスコーチとして働いている宮地さん。高校までテニスに打ち込み、インターハイ出場や全国大会出場という輝かしい成績を残すも、一度テニスから完全に離れていたこともありました。その背景にはどのような心境の変化があったのか、一度離れて見えたものとは。お話を伺いました。

自分もプロになるんだろうな

僕は生まれは東京なんですが、群馬県で育ちました。

小学校3年生の時、近所のお兄さんやお姉さんがやっている影響を受けて、
家の目の前にあったテニスクラブでテニスを始めました。

田舎の小さなクラブだったのですが、実力はかなり高く、
プロの選手がいたり、全日本ジュニアに出場する選手ばかりのクラブだったんですよ。
田舎だったんで、みんなの身体能力が高かったんでしょうかね。(笑)

最初は遊び感覚で楽しくやる感じでしたが、
小学校6年生の頃から結果が出始めて群馬県で準優勝もしました。

そんな環境でテニスをしていたこともあり、中学生の頃には自分もプロになるんだろうなと思ってましたね。

高校もテニス推薦で、寮費以外全額免除の栃木の高校に入ったのですが、
そこでの寮生活は、軍隊みたいでかなりきつかったです。

起きる時間もご飯の時間も全部決まっていましたし、
体育会系ですから上下関係も厳しく、後輩の責任を取らされて全員坊主にさせられたこともありました。

「もうやってらんねぇ」って2回くらい脱走したこともありますよ。

でも、そんな環境だったのでテニスの成績は結構良かったです。
3年の時にはインターハイに出場し、新聞に載ったりもしました。

テニスって面白いのかな?