琴・三味線屋の職人の息子として、名古屋に生まれ育ちました。小さい頃から目立ちたがり屋で、人前に立って話すことが好きでしたね。

小学校5・6年になってからは、運動会の応援団長を務めたり、生徒会選挙の推薦人として、全校の前でスピーチをしたりしていました。前に立つのは緊張するんですが、人前で面白おかしく話をして、周りが喜ぶのがすごく嬉しかったんですよね。なんだか、毎日が楽しかった気がします。

学校が終わると、お店をやっている実家に帰っていたのですが、商売人という仕事柄、僕が幼い頃から、親が冠婚葬祭の場に出ることが多かったんです。「お葬式に行ってくるから、ご飯は1人で食べてね」と言い、喪服に身を包み、よく出かけていたのを覚えています。

でも、それを見ていてなんだか違和感があったんですよね。人が亡くなっているのに、なんだか雰囲気が軽い感じがしたんです。仕事だからとか、近所だからとか、まるで大人の付き合いでお葬式に行っているように見えたんですよ。

僕にそう映っただけかもしれないのですが、自分のお葬式はそんな風になるのは嫌だな、と感じました。自分のお葬式では、子どもから「誰のお葬式に行くの?」聞かれたときに、思い入れをもって悲しんで、多くを語ってくれる人がたくさんいてほしい、そんな風に思っていたんです。