【2月8日開催】福田秀世 写真展・トークイベント“Vivi e lascia vivere.” -思うままに生きよ。自分は自分、人は人-
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価値づくりとビジネスの両輪を回す。
失敗はするものだから、とにかく挑戦を!

八木 太亮さん/新しい価値づくり

はてぶ

ビール好き女性のためのメディア&コミュニティ「ビール女子」、企業とコミュニティをつなぐマッチングサイト「ナヲナス」、高齢者とのくらしをテーマにしたWEBメディア&コミュニティ「ヨクラス」など、様々な事業を展開しつつ、新規事業も常に考えている八木さん。大手企業から起業するまでには、どんな出会いがあったのか。お話を伺いました。

生み出すことが好きだった

富士山の麓、静岡県富士市で母子家庭に生まれました。性格は、内向的で人見知り。アニメやテレビゲームが好きで手先の器用な子供でした。母親からは「ものづくりをする仕事が向いているよ」と言われて育ち、ブロックを買い与えられたり、プラモデルを自分で買って遊んでいたりしたこともあって、「つくること」が自然と好きになりましたね。学校でも図工が得意で、作ったものを母に見せて、工夫した点などを褒めてもらえるのが好きでした。

また、祖母からは「悪いことはするな」と言われて育ったので、小さい頃から「社会と正しく向き合おう」と意識していました。祖母の言葉の影響や、好きなロボット警察アニメが好きだったこともあって、高校卒業後は警察官になろうと考えていました。将来のイメージを持てないまま大学に行くことに、違和感もありましたし。

ところが、警察官の採用試験には落ちてしまい、結局大学へ進学することにしました。進学への強い動機はないものの、法学部で法律を学べば、また警察の試験を受けられると思っていましたね。

大学に入ってからは、生活費を稼ぐのに必死で、アルバイトばかりしていました。ただ、2年目を迎えると少し余裕が出てきて、「何かしなきゃ」と感じ始めました。アルバイト以外することがなく、なぜか分かりませんが、暇を持て余していることに焦っていましたね。

そこで、ギターを始め、友達とバンドを組みました。オリジナル曲を作るようになると、どんどん音楽にのめり込んでいきました。ギター一本で、ゼロから曲を創造できるのが好きでしたね。

大学卒業後は、コピー機やITソリューションの営業を行なう、リコージャパンに入社しました。社会に対して大義がある仕事をしたいと考える中で、「環境経営」を掲げ、CSRに力を入れていた社風に惹かれたんです。また、コピー機の「メカメカしさ」も好きでした。

「やっちゃっていいんだ」と思わせてくれる出会い