編集者から一転、WEBサービスで勝ちに行く!
出版業界の構造を変えるための挑戦。
小学館のデジタル事業局にて、次々と新しいWEBサービスを立ち上げている青木さん。10年続けた編集者の仕事からWEBサービスを立ち上げる仕事に変わるには、どのような思いがあったのか。また、趣味のレースが仕事に活きているポイントとは?お話を伺いました。
青木 岳
あおき がく|出版業界の構造改革
小学館デジタル事業局コンテンツ開発室にて、インターネット上での書籍試し読みビューワーや、スマートフォンアプリ「NEW NEWS」等を手がける。
情報の発信基地を目指して出版社に
私は神奈川県で生まれました。小さな頃から負けず嫌いで、運動会などで負けると悔し泣きをしていました。性格は活発な方で、クラスでは中心にいることが多かったので、小学校5年生の時に父の仕事の都合でアメリカに引っ越すことになると、友達と離れるのが嫌だと駄々をこねていました。
実際、アメリカでは言葉が分からないのでコミュニケーションがうまくできなかったこともあってか、馬鹿にされたりからかわれたりするようになりました。そのため、授業中はいつも空を見上げながら「日本に帰りたい」と思っていましたね。幸い、隣に住んでいた家族の子どもが同じ位の年齢で、一緒に遊ぶうちに生活には慣れていき、昔から好きだった『プロゴルファー猿』『あした天気になあれ』というゴルフ漫画の影響でゴルフを始めてからは、それなりに楽しく生活していました。
ただ、中学3年生で日本に帰る時には「やっと帰れる」と嬉しい気持ちでいっぱいでした。そして日本に帰ってからは進学校の高校に進み、卒業後は早稲田大学理工学部に進むことになりました。
大学では競技ゴルフに熱中するも、一流プロ選手とは桁違いの実力差があることは明白で、プロ選手には到底なれないという感覚がありました。また、大学で学んでいた金属工学はついていけないと思い、卒業後は大学院には進学せず就職すると決めていました。
そして就職活動を迎え、改めて将来何をしたいのか考えてみると、「情報の発信基地になりたい」という思いが湧いてきました。子供の頃、まだ流行していなかったラジコンを学校で始めると、次々に友達も始めた経験がありました。この時、自分が人気者になること以上に、流行の導火線になることで周りが楽しんでくれるのが嬉しかったんです。
そこで、多くの人に情報を伝えられるマスコミ業界に興味を持ち始め、いくつかの企業を見ていく中で、最終的には縁のあった出版社の小学館に入ることに決めました。
仕事で勝つことができず、カートレースの世界にのめり込む
入社後は、漫画の編集者として働き始めました。しかし、私は編集者として大ヒット作品を生むことができませんでした。作家と話し合い、作品を創っていく仕事自体には心底やりがいを感じ、面白かったのですが、負けず嫌いの性格もあり、結果を出せないことにはどんどん焦りを感じていきました。
「歴史に残るような漫画を作って自分を育ててくれた漫画に恩返しをして、周りから認められたい」と思いながらも結果は出ませんでした。自分では会心の出来だと思った漫画も、蓋を開けてみると人気は思ったほどはないことが多く、仕事では「勝ち負け」が明確に定義しづらいことに、もどかしさを感じていました。
そんなこともあってか、趣味で始めたカートレースにのめり込むようになりました。レースは1センチでも前でゴールした人が勝ち。勝ち負けがシンプルです。そして、真剣に取り組む程に勝ちへのこだわりも強くなっていき、同好会だけでは物足りず、かつて真剣にプロを目指していた選手もいるような、本格的なチームに所属するようになりました。月の週末の半分はどこかのサーキットにいるような、そんな生活でした。
所属チームの監督は厳しい人で、大人になってからこんなに真剣に怒られることがあるんだと感じる程、色々と教わりましたね。ただ、そこでの学びが仕事にも活きるようになってきたんです。例えば、一瞬の勝負に賭けるために、いかに準備を万端にしておくかといった点は、会議やプレゼンでも同じでした。
また、私の所属チームはメカニックがやるような作業も基本全部自分でやれという風土なんですが、そういったこれまでまったくやったことがない技能を身に付けるチャレンジも私には大きな影響がありました。仕事で新しいことに取り組む時にも、「できないなんて初めから言うことが非現実的」と考えるようになり、何にでも挑戦できるようになっていったんです。
編集以外の領域で勝負する決断
漫画以外にも子ども向け雑誌やアイドルグラビア雑誌の編集など、紙媒体で編集の仕事を10年程した後は、WEB媒体での編集を経て、WEBサービスを開発する仕事に変わっていきました。
正直、編集者として頭打ちを感じていた面もありました。ただ、それ以上に、インターネットの台頭によって出版業界自体が大きく変わっていて、業界の構造を変革する仕事には、とても可能性を感じていました。
大好きな編集の仕事でなくなるのはちょっとだけ寂しい気はしました。しかし、新しい領域の先駆者となることで、今まで出せなかった「結果」も出せるんじゃないかと感じたんですよね。
そして、様々なシステム開発やサービスを考える中で、コーポレートサイト上にあった書籍をインターネット上で試し読みできるビューワーを、スマートフォンにも対応させるプロジェクトが立ち上がりました。ただ、単純にスマートフォンに対応させるだけでは足りない気がしました。もっと面白い使い道があるんじゃないかと考えるようになりました。
私は学生時代、学校のクラスメートたちと本を回し読みしていました。その中で楽しく色んな作品に出会った。あの体験を再現できないかと思ったのです。
回し読みの世界をインターネットで実現する
書店の立ち読みだと、自分がその本を開こうと思わなければ出会うことができませんが、回し読みは、友達のおすすめによって、「自分が知らなかった本」と出会うことができる。面白かった本はもっと他の人に見せてみたくなる。
SNSで友達がシェアした本をその場で中身が見られる。そんな体験をインターネット上で実現できれば、回し読みと似た世界を実現できます。また、人におすすめの本を紹介したい時も、中身を言葉で説明するのではなく、その場でURLを送れば、スマートフォンを使って実際に中身を読んでもらうことができます。
これは、消費者の購買活動や、出版コンテンツとのタッチポイントを変え得る仕組みだと思い、他の出版社にも無料で使えるようにし、業界に普及させていくことになりました。
この試し読みの仕組みは、少しずつですが着実に使ってもらえる出版社が増えています。「気に入った試し読みコンテンツをシェアすることができる」「本の中身をどこでも見られる」というのは、まだ生活者に馴染みのない行為ですが、そういう習慣が浸透してくれるのを楽しみにしています。
この仕組みが広がり、インターネットで本の概要と口コミを見るだけでなく、中身も読めるようになると、「紙の出版物」として適さない本は、淘汰されていくと考えています。情報によっては、旅行ガイドや実用書のように紙の出版物が適しているものもあれば、そうでないものもあります。そのため、今までのように「先に本を作ったから広告費をかけてでも売る」のではなく、本として適切な情報は出版物とし、そうでない情報は別の媒体や手段を通じて発信するようになり、消費者に適切な情報を、適切な形で届ける世界になっていくと考えています。
適切な情報を届けるサービス
また、もう1つ力を入れているサービスがあり、それはスマートフォン用のニュースアプリ「NEW NEWS」というものです。これは、適切な人に適切な情報を届けることをコンセプトにしています。
インターネットには情報が溢れすぎて、必要な情報を探すのは疲れる印象があり、個人の趣向性に沿って情報を整理して、楽に届けてくれるサービスが欲しいと今もずっと思っています。
個人に合った情報とは「レースが好きな人にレースの情報を届ける」だけではなく、「レースが好きで、漫画も好きだとだけわかっている人に、同じく勝負ごとである麻雀の漫画を届ける」といったように、より深いインサイトに基づいた情報だと考えているので、その設計はまだまだこれからです。
また、個人的には「買い物」というシーンにおいて、適切な情報を届ける仕組みを作りたいと考えています。それは今までは雑誌が担ってきた社会的役割だと思っていて、その役割を今の時代に合った形で再定義できたら面白いなと。
今後は、試し読み体験の浸透と、情報を適切に届けるサービス、両軸に力を入れていきたいと考えています。編集者の時代は、「目の前のコンテンツを作る仕事で結果を出す」と近視眼的になっていましたが、一周回って、元々出版社に入った動機である「情報の発信基地」を作れている気がするし、この分野だったら勝てそうな直感がしています。
また、個人的なことですが、子どもができてから2年程レースからは遠ざかっていたので、今年はレースにも再度挑戦したいと考えています。レースは一歩間違えば大事故にも繋がりかねないもので、本番前は独特の緊張感があるんです。その研ぎ澄まされていく感覚をたまには味わわないと、普段の生活でも感覚が鈍ってしまう気がするんです。
これからも、情報を適切に届けていくために、勝ちにこだわりながら様々なことに挑戦できたらと思います。
2015.04.28
青木 岳
あおき がく|出版業界の構造改革
小学館デジタル事業局コンテンツ開発室にて、インターネット上での書籍試し読みビューワーや、スマートフォンアプリ「NEW NEWS」等を手がける。
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