山梨県の南アルプス市で生まれました。近所に果物農家が多く、同居する祖父もブドウ農家。家にはいつも、お裾分けでもらった完熟のおいしい果物がありました。

家族のなかでは、3人姉弟の末っ子です。姉や兄がやんちゃだったので、なんとなく「自分は真面目に生きなければ」と思って育ちました。

小学生のとき、日本のメーカーが開発した世界初の二足歩行ロボットのニュースを見て、「ロボットの開発者」に憧れるようになりました。将来は機械メーカーでロボットをつくりたいと思ったんです。

しかしそのうちに、ものづくりは向いてないなと感じるようになりました。いわゆる「お勉強」は得意ですが、頭の柔らかさやクリエイティビティは自分にはないなと感じたんです。そんな自分とは対象的に、兄は知恵の輪やパズルなど「頭の柔らかさ」が求められるものが得意で、いつもすごいなと思っていました。

3歳から水泳をはじめましたが、小学5年生のとき、友達がいたからという理由で水泳をやめバスケットボールチームに所属しました。県大会で優勝するチームで、練習は厳しかったですが、上手なチームメイトを見て「自分も上手くなりたい」と頑張って練習しました。上達するうちに、どんどんバスケが好きになっていきましたね。

中学卒業後は、県内にある高校の特進クラスに推薦で入学しました。高校でもバスケ部に入部しましたが、「部活より勉強をしなさい」と言われるクラスで、朝や休み時間に集中して勉強し、宿題や予習を終わらせて放課後はバスケをしていました。

その甲斐あって、高校2年生のときには成績が伸びはじめ、卒業間際には学年でトップクラスの成績になっていました。理系、文系どちらの科目も好きだったので、進路を決めるときはどの大学の何学部に行くか悩みましたね。どちらか一方の科目だけに決めたくなかったので、入学後に進路を決められる大学を受験し、現役で合格しました。どちらかを選ぶのではなく、両方やりたかったんですよね。