北海道の離島、奥尻島で生まれました。長女で、弟が一人います。母が商店をやっていたので、小さい頃からよく店番を手伝っていました。店番をすれば、商売で忙しい母と一緒にいられるので、それが嬉しかったのかもしれません。

性格は明るかったのですが、おっちょこちょいで、何もないところで転ぶような子どもでしたね。加えて、体が丈夫ではありませんでした。奥尻の病院には小児科の専門医がいなかったので、島外の病院まで通っていたのですが、両親は忙しくて仕事を休めません。そのため、小学校高学年になる頃には、飛行機にひとりで乗って、函館や札幌まで行くようになりました。都会は賑やかで楽しかったですね。高校を卒業したら、島を出ようと決めました。

また、卒業後は調理師学校に進みたいと思っていました。奥尻では、幼稚園から高校卒業まで給食がないので、学校にお弁当を持っていきます。ある時、お弁当箱を開けた瞬間の彩りが足りないと思って、母に「緑のものを入れてよ」と言い始めたことをきっかけに、自分でお弁当詰めをするようになりました。次第に、料理もするようになり、家族が喜んで食べてくれることに味をしめて、将来は料理人になりたいと思ったんです。