小さい頃、自我が芽生えた頃から、両親がよく喧嘩をしていた気がします。小学6年生の時に離婚をしてからは、母親とともに住むようになったのですが、「やっとか」と感じたんです。

別れたいとこぼしながら一緒にいることを理解できず、「なんでもっと早く離婚できなかったんだろうな?」と、疑問に思いましたね。

それから、母は生保レディの仕事を始めたのですが、母はそれまで専業主婦だったこともあり、苦労しており、ついには身体を壊してしまったんです。僕を含めた子ども3人を養うことはすごく大変なことだったんですよね。

長男だった僕は小6にして一家の大黒柱になったのですが、そんな状況に対し、「家にいたくない、今の環境を直視したくない」という気持ちがありました。

「なぜうちはこういう状況なんだろう?」

と思い悩み、将来への不安や重圧を感じたんです。そして、そんな悩みをなるべく考えないように、家の外でずっとサッカーに打ち込み、なんとか自分を保っていました。

ところが、中学になっても状況は好転せず、母の治療も続き、経済的な状況も悪化していたので、病院の先生が働きかけてくれ、生活保護の支給を受けることになったんです。

また、僕は唯一の拠り所だったサッカーを、怪我でできなくなってしまいました。試合で怪我をしてしまったのですが、たぶん、その気になればリハビリもできたと思います。けれども、そこでプチンと全てが切れてしまったんですよね。

それからは、あまり学校に行かなくなりました。行く意味を感じなくなり、午前中は寝て、午後からゲーセンに行くという生活を送るようになったんです。