仲間から託されたバトンを未来へ繋ぐ。
ギャップを埋め、お客様に価値提供を。

人から「ありがとう」と言われる仕事がしたいと思っていた甲斐さん。友人が起業した会社にジョインし仲間とともに働いていましたが、会社の成長過程で苦渋の決断を迫られることに。甲斐さんが下した判断と、仲間から受け取った思いとは。お話を伺いました。

甲斐 亮之

かい りょうじ|株式会社ギャプライズ代表取締役社長
株式会社ギャプライズ代表取締役社長。イスラエルを中心に、海外のデジタルマーケティングツールを日本企業に適した形で導入している。

地元を出て世界が広がる


宮崎県延岡市で育ちました。小さい頃は自然の中を駆け回って、毎日友達と日が暮れるまで遊んでいました。小中学校はハンドボール部に入り、練習に熱中しました。

地元には高校が少なく、進学先を選ぶ意識はありませんでした。周囲の友達みんなが進学する、地元の学校へ進学しました。ずっと宮崎で過ごし、幼い頃から一緒の気心が知れた友達と過ごす日々は安心感もありましたが、どこか閉塞感もありました。自分の世界は小さなコミュニティの中で完結していて、選択肢が少ないと感じていたんです。

将来何をしたいか、大学で何を学びたいかは全然決まっていませんでしたが、地元を出たいという漠然とした思いがありました。そこで、卒業後の進路は都内の大学を志望したんです。

友達は就職か地元の大学に進学するなか、僕は一年浪人して福岡の予備校に通い、東京の私立大学に入りました。ちょうど同年齢の女優が入学して話題になっていて、単純に彼女に会うってネタも面白いなと思ってその学校を選びました。

大学生活は、本当に刺激的で面白かったです。日本全国からいろいろな奴が集まってくるので、考え方も価値観も全く違います。みんなお互いの過去を知らないまっさらな状態で、一人の人間として同じステージで接するのがすごく新鮮でした。閉じた世界から、目の前がぱっと大きく開けた感じがしました。

人の役に立つ仕事で稼ぎたい


大学入学後は、先輩や友達とサークルを立ち上げたり、アルバイトに精を出したりしていました。特に大手量販店のバイトでは、新店舗の立ち上げメンバーとして店作りから携われて面白かったですね。

あるとき、バイトの先輩に誘われて、パチスロに行ったんです。最初は何が楽しいのかよくわかりませんでした。じっと座ってひたすらガチャガチャやるだけで、めったに大きい当たりも出ないからイライラしましたね。

だけど、偶然自分の狙い通りに当たった瞬間、今まで感じたことがないほど強烈な快感を覚えたんです。一種の万能感のようでした。それが忘れられなくてパチスロに通うようになり、気が付いたら完全にはまっていました。毎日朝9時に開店を待って並び、ご飯を食べるときと寝るとき以外はパチスロをやっていましたね。かなりやりこんでいたので、めちゃめちゃ稼げるようになりました(笑)。

でも、たくさん稼いで感じたのは、喜びではなく虚無感や罪悪感でした。誰の役にも立っていないのに、お金だけいっぱい持っている状態が後ろめたくて。朝、パチスロ店の前に並んでいると、出勤するサラリーマンが通るので、目が合わないように下を向いていました。きちんと会社で働いて、労働の対価としてお金をもらっている人達が眩しくて。「この人達からみたら、俺なんて生ごみじゃん」と思っていました。

誰かの役に立って「ありがとう」と言ってもらい、対価としてお金を稼ぐことに憧れが生まれましたね。お金を稼ぐのをゴールとするのではなく、他者に貢献をし、対価としてお金をもらうプロセスを大事にしたいと強く思いました。

そんな時、仲良くしていた友達に「ギャプライズという会社を立ち上げるから、メンバーにならないか」と誘われました。卒業間近なのに就活も勉強もせずフラフラして、パチスロをやめられないでいた自分に声をかけてくれたんです。一緒に働きたいと思いましたが、社会経験もない今の自分じゃ役に立たないと感じ、大学卒業後は金融会社の営業職に就きました。そこでスキルを磨こうと考えたんです。

しかし、実際に働いてみると、その会社はお客様のためというより、会社の利益になればそれでいいような風潮がありました。ここにいても自分が思い描く、人に貢献して感謝されるような仕事はできないと思い、2カ月半くらいで会社をやめ、ギャプライズに参画しました。

仕事を通じて、成長していくのが楽しい


できたばかりのギャプライズは固定された仕事がなく、さまざまな事業をやってみて、主力となる事業を模索している段階でした。はじめは五反田の街中で、ランチタイムの会社員にアイス売っていましたね。夜になると、PowerPointやExcelの勉強をして、企画書づくりを手伝っていました。

最初はできることが本当に少なくて、営業で回る時も「なんでもやります、今できないことも明日にはできるようになります」と必死にアピールして仕事をいただいていました。お客様にチャンスをもらったら、死ぬ気で勉強しましたね。それを繰り返すことで、新しいことを吸収し、貢献できる幅が次第に広がっていきました。

自分ができることは何か模索している中、2006年の頭に、カメラや無線機などの電化製品を扱うお店からSEO対策の依頼があり、自分がメインで担当することになったんです。深夜の2時ごろに先輩に電話して、質問しながら一晩かけて対策をしました。すると、お店の商品販売サイトへのアクセスが急増したんです。助けを借りながらではありますが、自分が試行錯誤した結果が目に見える成果につながり、とてもうれしかったです。

その案件をきっかけに、Web系の仕事も担当するようになりました。すぐに、ある企業から依頼を受け、商品販売サイトを並行して複数作成する案件を担当しました。ゼロベースで企画から提案し、広告運用について一から調べて手配をしました。社長と一緒に毎日深夜まで残って作業するハードな日々を3カ月ほど過ごし、ようやくサイトをオープンさせたんです。

初の広告出稿時は、2人とも1分に1回は画面を更新し、自分たちが作ったサイトでお客様の商品が売れる瞬間をどきどきしながら待っていました。注文のメールが上がってきた瞬間、「来たーっ」と飛び上がりました。抱き合って喜びましたね。超うれしくて、頑張ってきた日々が報われた気がしました。

会社の存在意義を大事に


会社としてWebマーケティングに強みを見出してきた頃、2008年にリーマンショックがあり、ギャプライズも大きな打撃を受けました。それが遠因になったのではないかと思うのですが、僕を誘ってくれた創業社長が大きく体調を崩してしまったんです。

彼は、責任感が人一倍強い人でした。周りの期待に応えたいと思っているのに、なかなか上手くいかない。自分の中の理想とかけ離れていく現状に耐えかねて、しだいに体調を崩しがちになっていきました。

休んだ分をリカバリーするために頑張って働きすぎて、また体調を崩すの繰り返しで、トップとして働き続けるのは難しい状態になってしまいました。それを受けて、2013年の春に、僕ともう一人が共同経営として代表取締役になりました。

ついていく立場からリードしていく立場に変わり、戸惑いがありました。友達と僕は違うのに、つい「彼だったらどういう風にやるんだろう」と彼を基準に考えてしまうんです。そうすると、行動や思考もぎこちないものになっていました。

しかし、悩み続けて3カ月くらい経った時、ふと「俺はあいつじゃない」と気づいたんですよね。どんなに真似ても、彼と同じようにはできないんです。それに僕は、彼に誘われたのをきっかけに会社にジョインしていますが、他の社員は僕とまったく同じ理由で入社したわけではありません。事業内容や理念に魅力を感じて入社してくれているんです。だから、彼のやり方、考え方をそっくり真似して引き継ぐのではなく、会社の存在意義を大事にしていけばいいんだと思いました。「自分は自分のやり方でやろう」と思い、自分の中に筋が通った感じがしました。

そこから、事業面を担当するCOOとして事業を成長させていきました。私が共同代表になる前から、お客さんにとって価値が高いデジタルマーケティングツールを作ろうと、ユーザーの行動を可視化できるツールを自社開発していました。しかし、海外に同じ目的の良いツールがあるという情報を得て実際に使ってみたら、自社で作っているものより圧倒的に優れていたんです。そこで、自社開発はやめ、代理店の立ち位置でビジネスを展開していきました。

それまでは業績が伸び悩んでいましたが、考え方や事業内容の変化があり、だんだんと事業も成長していきました。

会社の未来をつくるバトンを受け取る


そんな中、もう一人の共同経営者と、会社の今後について話し合う機会が増えていきました。共同代表になった当初、彼は財務基盤の整備を最優先に担当していました。財務はだいたい整い、事業の成長速度も上がってきていて、僕らの役割についてメンバーから質問が上がるようになっていたんです。今後も共同代表としてやっていくためには、僕らの明確な役割分担が必要だと思いました。しかし、会社の未来や方針、進め方などを考える中、お互いに共同代表として運営していくイメージを描けなかったんです。

彼も創業期からの仲間で、家も近所だったので、ファミレスに集まって話し合いました。約半年間の話し合いの結果、「ギャプライズの未来を思うと、俺は離れた方がいいかも。共同代表になった4年前と違い、今なら心配せずに完全に任せられそう」と彼が決断して共同経営は解消し、2016年の10月から私が単独の代表になりました。

昔から仲が良かった創業社長と、共同経営者がぬけて、たくさんの壁を一緒に乗り越えてきた戦友がいなくなるような喪失感がありました。彼らは命を削って会社を作ってきたけれど、より良い未来のために身を引いたんです。

彼らが熱量を持ってやってきたものを、自分がしっかり引き継がなければならない、という強い覚悟が生まれました。会社のより良い未来を作るための、バトンを託された気持ちでした。

ギャップを埋めて価値提供し、選択を正解に


現在は、株式会社ギャプライズの代表取締役社長として、企業のデジタルマーケティング支援事業を行っています。デジタルマーケティング市場は、アメリカをはじめ北米が最先端だと言われています。僕たちがパートナーシップを組んでいるのは、その北米市場で結果を残しているイスラエルのスタートアップ企業です。彼らの最新テクノロジーを用いた優れたマーケティングツールを、日本のマーケットに進出させ、多くの企業様に導入してもらう橋渡しの役割を担っています。

僕らは社名の通り、ありたい理想と現実とのギャップを埋めることを大事にしています。ギャップを埋める過程で、自分達自身も、パートナー企業も、お客様も成長できると考えているからです。事業でいうと、日本のデジタルマーケティング市場と北米デジタルマーケティング市場のギャップを埋めていくイメージです。

今後は、お客様の求める理想の状態と現実とのギャップを埋めるため、日本のデジタルマーケティング活動のスピードと質を上げていきたいです。海外の最先端テクノロジーが普及するのに普通は3年近くかかるところを、僕たちが橋渡しをして1年や半年に短縮したいですね。

加えて、ギャップを埋めるための活動の一つとして、会社の上場を目標に掲げています。上場すれば信用力が高まり、もっと規模の大きな仕事ができるようになります。それによって、お客様のビジネスチャンスを最大化できると考えています。デジタルマーケティングといえばギャプライズ、と想起される存在になりたいですね。世界中にビジネスを通じて仲間を作り、喜びを分かち合い、しんどい状況も一緒に乗り越えて成長していきたいです。

そして個人的には、上場して多くの人の役に立つことで、バトンを託してくれた友人たちの選択を正解にしたいと思います。「あなた達の選択のおかげで、これだけ会社は成長して、たくさんの人達の人生を豊かにしているんだよ」と言えるように、より良い未来を切り拓き、進み続けていきたいです。そしていつか、僕自身も彼らのように、次世代に最高の形でバトンを渡せるようになりたいです。

2019.06.06

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